帰り道
あおば

  つるかわ

つり革の下には
振動する幽霊の手が
ぶらぶらしているよと
嫁のもらい手がないよと
節だらけの拳を振る
明治生まれの大伯母に
呼ばれたような気がして
リノリウムの床を
音もなく
歩いてゆく

ガラガラの電車の中には
作業着の男が
女物の傘を差して
道の方を見ている
雨が激しいから
道端に
座るわけにはいかない
端っこのカエルたちは
ヒマをもてあまし
メールで呼びだしては
明日の約束を繰り返し
リスニングルームの床を
厚くして
電車の音を遮断して
特別天然記念物のように
大人しく座っている
みたことのない
大きな目をする





  電車道

電車の中で
べちゃくちゃべちゃくちゃ
ぐちゃぐちゃになった
言葉を投げつけられて
床がべとべとになっている

歌で歩く人は楽しいけど
ハイヒールで痛めつけるのは
可哀想だと言いながら
ビッコを引きにいく
お上りさんの電車は
がったんこ
がったんこと
うるさい音を立て
走るんだ




  音

義理のように噛み砕いて
奥歯が欠ける
裏の隅から追い出されて
路地裏に住みついた
ギリギリ引きしぼった
弓から矢のように放たれる
ヒューという音の
鋭い刃先に射すくめられて
黒板塀を隠れ蓑にして
迫る人に石投げる
投げたら捕まえられるから
石を投げるふりをして
声をだすふり
射すくめられた
影のような身体から
青い湯気が立ち昇り
一人前の幽霊が昇天してゆく
音がする






自由詩 帰り道 Copyright あおば 2006-06-18 00:58:23
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