そして彼女に眼球を
蒸発王

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『もしも私が死んだなら』

『心臓は息子に』

『両腕は娘に』

『薬指は妻に』

『唇を弟に』

『耳を妹に』

『そして』

『彼女に』

『眼球を』

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こんな遺書と共に
クール宅急便で
昔の恋人の眼球が届いた

目が弱いとかでサングラスを欠かさなかった彼は
最低な男だった

裏表が激しくて
しかも私にはずっと裏の顔だった
陰湿で
横暴で
貧弱で
もう何年も前に愛想をつかしたのだ


その彼の眼球が
グラスに浮んで私の目の前にある


脳の病気で目がやられ
息を引き取る前には
もうほとんど見えなかったらしい
という医者の話が嘘のように

黒々とした瞳は
凛とした艶を宿していた

この瞳が何を見たかと考えれば
考えるほど
むしゃくしゃした


じりっと
喉の奥で何か焼ける気がして


眼球の一つをカッターで切り裂いた

其の切り口から

はらはらと白いモノが散った

切り裂いた眼球の中には

細かな写真が敷き詰められていて


善く見ると

写真にはどれも


私が映っていた


『そして彼女に眼球を』


彼のずるさに
可笑しくて笑ってしまった


喉の奥のじりじりは
さらに酷く焼け焦げて
その火傷を押さえるために
もう一つの眼球に唇を寄せ
そのまま
食べてしまった



涙が出たのは

あまりにも不味かったせいだ



きっとそうだ





『そして彼女に眼球を』





















自由詩 そして彼女に眼球を Copyright 蒸発王 2006-06-16 00:57:36
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