幸薄き人の声を
逢坂桜


どういう縁かは知らなかったけど、ひと夏、おばあさんが家にいた。

でしゃばらない、口数の少ない人だった。

私は小学6年生。すきな人がいて、友達がいて、楽しかった。

「主人は、三男坊だったから、街に出て、好き勝手に暮らしていました。

 断るつもりの見合いでしたが、その頃、父が急逝して、一緒になってしまったんです。

 家に碌に入れてくれず、婚礼の虎の子も、好きにされました。

 私の手内職のわずかな蓄えまで、友人という放蕩者にやってしまったことも、

 一度や二度じゃ、ありませんでした。

 手も上げられたけれど、離縁はできませんでした。

 子供は・・・一人は流れて、一人は死産でした。

 子供でもいれば違ったのか、ひもじい思いをさせずに済んで、よかったのか・・・」

そんなことを言っていたけど、よくわからなかった。

聞いたこともない言葉だらけだったから。

「なのに。
 
 いまわの際で。

 私を枕元に呼んで。

 苦労かけた、なんて。

 済まないことばかりした、なんて。

 おまえのおかげで生きてこれた、なんて。
 
 そんな言葉だけで・・・」

泣きたいのか、笑いたいのか、苦しそうににらんでいた。

「・・・許してしまった・・・」

雨と風の強い日、私はおばあさんの声を聴いていた。

夏が終わって、おばあさんはどこかに連れて行かれた。

その冬、亡くなったと、聴いた。

あの人の幸せは、どこにあったんだろう。

結婚してから、夏の終わる頃、時折思い出す。

ほんのひと時垣間見た、あの強いまなざしを。


自由詩 幸薄き人の声を Copyright 逢坂桜 2006-06-15 20:35:10
notebook Home 戻る  過去 未来