全寮制耳毛へヴン
カンチェルスキス




 マシンガントークと言って、本当にマシンガンを撃ちながらトークすると、相手は、まあ、ほとんどの確率で死んでしまうと思う。でも、向こうもマシンガントークだったりすると、今度はこっちが死んでしまう場合がある。マシンガントークするときは命を覚悟しなきゃならないってことだ。相手が笑ったかどうかその反応すら判断も確かめることもできないんだ。例えば、ひさしぶりに会った友人との会話での彼の第一声はこうだ。
「耳毛ヘヴン」
 この時点で相手は死んでしまってるのだ。あのクレヨン並べたみたいな、あれはなんて言うんだ、あのカルビ肉みたいに連なったマシンガンの弾丸、とにかくあれがもう半分までなくなってて、相手は血を噴き出して倒れてる。そのとき、初めて本人は気づくのだ。
「あ、やべえ、オレ、またマシンガントークやっちった」
 マシンガンの銃口から煙が立ち昇ってる。こんなとき、ここが別府温泉だったらいいのにと思うものだ。温泉卵もあるし、硫黄温泉に浸かり、豪奢な晩御飯を食べて、その後、卓球してコーヒー牛乳飲めたらいいのに、と強烈に思ってしまう。温泉は肉体の疲れを癒してくれるだけじゃなく、精神の傷も癒してくれる。ああ、嬉野温泉に行きたい。嬉しがり温泉に行きたい。いやあ、恥ずかしがり温泉に行きたい。見せたがり温泉のほうがこの際都合がいいかもしれない。とにかく、ゆったりとした煙に包まれてオヤジギャグ的にドロンしたい。
 とここまで内攻していくと、ふいに通り行く人びとの声が聞こえてくる。聞こえてくるのは、ハイキング帰りの初老の夫婦の会話だ。
「あの人、マシンガントークしたみたいね」
「そうだな」
「でも、マシンガントークだったらしょうがないか」
「しょうがないだろ、なんせマシンガントークだからな」
 その後、彼らは採ってきたばかりの山菜を自宅で楽しむ。
 言いたいことはそんなにもなかったんだ。言いたいことなどそんなにあるわけじゃない。
「とろろ芋食って、比較的ナイス」
 あるいは、
「植毛軍人」でもよかった。とにかく何かをしゃべりたかった。魂を取り出して相手に見せたり触ってもらったり見せられたり触らされたりなんかしたくもなかった。触ってもらったり、触らされるのならもっと他のものがよかった。ただその場限りの浮かんではすぐ消えてしまう他愛のない会話をするだけでよかった。そうすれば自分の内部の水流のような感覚を活性化させることができるし、明日も普通に暮らせたはずだった。そう、今までの続きを続けられたのに‥‥‥‥。なのに、相手はマシンガントークの末に死んでしまった‥‥‥‥。
「もう、やめようか。マシンガントーク‥‥‥‥大事なもの全部失っちゃいそうだ、オレ」
 悩みは深かった。でも、決まってる。明日もマシンガントークせずにはいられないんだ。そうすることでしかオレは生きていけないんだ。そういう体質なんだ。いったい何人の人をオレは殺めてしまうんだろう。
 ふと見ると、友の死に顔は笑ってるように見えた。日陰が日向に変わっていく瞬間のような笑顔だ。
「やっぱ、ウケてんじゃん、オレ」
 友は元々そういうエビス顔だったのだ。すっかりそのことを忘れて、彼は自信を取り戻したかのように嬉しくなり、一仕事終えた気分になって、そうだ、温泉へ行こうと思い立ち、早速、夜行バスのチケットを買い、ターミナルのベンチに座ってバスを待った。そこで旅行鞄にトランクスをぎしぎしに詰めた厚手の赤いマフラーの女と運命的な出会いをする。
「‥‥‥あたし、パイロットファーム」
 女のマシンガンの銃口から煙が立ち昇っていた。
 旅行鞄トランクスぎしぎし女は、横付けされた夜行バスのタラップを無表情のままのぼってゆく。
 鞄を荷物棚に置き、6のC席に座ると女はため息のようなつぶやきを漏らした。
「窓際にしてくれって言ったのに‥‥‥‥」
 マシンガントークの彼は筒状の灰皿の横で血まみれになって倒れていた。
 ちなみに、女の厚手の赤いマフラーはとめどなく流れる命の湧き鼻水のテカリを隠すためのものだった。


 だから言っただろう、油断も隙もありゃしない、マシガントークとは食うか食われるかの弱肉強食の争いだったのだ。そうだぜ、よろしく。サバンナ。耳毛へヴン。南無三。





散文(批評随筆小説等) 全寮制耳毛へヴン Copyright カンチェルスキス 2004-02-21 17:22:52
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