あけがた
佐々宝砂

長いこと油を注してくださらないので
歯車がきしみます。
近ごろはゼンマイも巻いてくださらないので
動きはすこしずつ鈍くなってゆきます。

けれどわたしはまだ動けます。
きこきこと歩きます。
記録された言葉ならば喋ることもできます。

いちど猫が暴れたときに
わたしは飾り棚から転げおちて
首も腕ももげてしまいましたが
あなたは器用な指で直してくださいましたね。
あのころあなたはまだ優しかったのでした。

あなたは生きているので忙しい。
生きているので眠らないといけない。
それはわたしにもわかります。

わたしはベッドのまくらもとで
なるべくひっそりと
歯車をかちりとも動かさずに
あなたの寝顔をみています。

ゼンマイがゆるみきってしまうのがこわい。
動けなくなるのがかなしい。
でももっとかなしいのは
記録されぬ言葉はついに口にできぬことです。

わたしは腕を伸ばします。
あなたの首をがっちりとらえます。
そしてゼンマイはすっかりほどけて
わたしは永久に停止するのです。



2002/04/11


自由詩 あけがた Copyright 佐々宝砂 2006-05-21 19:49:31
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