【 父さんの氷 】
豊嶋祐匠
その夜
父さんは
逝ってしまった
定年を経て
益々元気だった
朝から家の庭先
玄関へと
掃き馴らす姿は
幼き頃から見慣れた
ある種の威厳の
それを思わせて来た
父さんは
なぜ
今夜
逝ったのだろう?
なぜ
今夜と
決まったのだろうか?
ふと
そんな事を神様に
聞いてみたいと思った
父さんの
寡黙な
その性格は
けして「私」を
押し出さなかったが
野心を
剥き出す
僕にして
尊敬以上の
大切な存在だった
父さんは
冷凍庫の氷を
絶やさなかった人だ
それを思い出し
律儀でキレイな
大粒の氷を
冷凍庫の隅から取り出す
父さんが
愛用していた
厚くて重い
ウイスキーグラス
僕は
一滴の酒も
知らないが
そのグラスに
氷を転がして
水道の水で満たした
目を閉じて
ひと口
ふた口
痛くなるほどに
その冷たい水を
ゆっくりと
喉に流し込んでみる
今朝
父さんが
凍らせたばかりの
氷の味
ただの
無味の水だが
喉を
流れる度に
僕の目頭を
熱くさせて、止まらない。