埠頭・小さな決意の
たりぽん(大理 奔)

学割九千八百円の
上海行きの船が岸壁から離れていく
思っていたよりも船は速く
もう見送りの姿も遠く

   そのくせ船はゆっくりすすみ
   行方は遙かにかすんでいるので
   夢をもてあましてしまう
   薄っぺらな財布の見る夢だ
   大きな吊り橋の影

暇にまかせて
水晶の発振で刻む円盤を
腕時計と名付けたり
風景を閉じこめる小箱を
写真機と名付けたり
もう港は風景の中で
区別がつかないというのに
潮風は大阪湾の香りなので
気持ちを綴るための紙に
名前ばかり書きそうになる

   機関音がさらにかん高く
   振動はさらに低く
   デッキにくくりつけられた 
   中古の冷蔵庫が扉をゆらす

甲板の真ん中より右寄りに寝ころんで
一冊の餞別を無造作に開くと
ちょうど無人の砂漠から
何度目かの帰還を
郵便飛行士が果たしたところ

   どこかで誰かが
   神戸、神戸とはしゃいでいる
   もううんざりだ

砂漠まで行こう
渇いた渓谷で名付けよう
がたわわに実る薄皮の果実
それを葡萄、と

   うっすらとくれていく今日
   夜景になっていく大阪を
   僕は故郷と名付けない

旅の終わりで
君に告げる
特別な名前の
そのために






1986 夏 まだ明石海峡大橋は起工したばかり



自由詩 埠頭・小さな決意の Copyright たりぽん(大理 奔) 2006-05-07 22:52:14
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