明日、いつも通りに
霜天

小さい、部屋。手を伸ばせば窓になれるし、空を少し撫でることだって、出来る。秋がくる、それまでにまだ、これほどの空気の壁が出来ていて。目を閉じても、耳を塞いでも、短い呼吸で手を伸ばせば、僕らは寄り掛かることが、出来てしまう。明日、いつも通りに僕は壁を押しているから、君は気付かれないように、僕の後ろから出て行ってくれればいい(出来れば息をしないで)。壁に寄り掛かるようにして、息を。爪先へ指先へ、詰めるようにして力を込める。背中から何か、張り詰めていたものが、すう、と抜けていく。ここから、帰っていけるだろうか。帰ってこれるだろうか。僕の後ろで、ぴったりと閉まった扉から、春の匂いとゆっくりとした君の足跡が漏れている。まだ秋の前には、夏もあるというのに。


世界の全てが海になるまでに。もっと熱烈なものを溶けるように、溶け合うように。求めていたはずのものが、さわさわと音を立てて今窓際のグラスの中。青い空と青い草原と青い服を着た僕が横たわる、その境界。どこまでが同じでどこからが違うのか、とか。世界がここにある分だけ繰り返されてきたはずのこと。世界の全てが海になるように、ここにはひとり。溶けてしまったはずのものが、いつまでも零れていかずに。順調に繰り返されていたはずの季節の地図は、インクの少し滲んだ部分を、どうするかで悩み。まだ、行けないでいる。未だに僕は夏にいる。仕方なしに僕は、重なっている生まれそこねた声、のようなもの、落ちたままで昇れない視線を拾い集めて。ポケットの、さらに内側まで息を潜めて、連れていく。未だに僕らは夏にいる、見上げても、青いままで。遠くなることも、青いままで。


明日いつも通りに、そう言って別れたはずのものが、また、混ざり合うように。世界の全てが海になる前に、またここにも秋は来るはずで。ぴったりと閉まった扉の向こうに、また君の足跡が響くように。今、僕の壁を押す背中に、静かに詰める呼吸に。

確かに、込められているはずで。


自由詩 明日、いつも通りに Copyright 霜天 2006-05-06 00:16:09
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