名前のない肖像
士狼(銀)

名前はやはり記号なのでしょう
存在を証明する 一番純粋な記号

大人に近づくにつれて
何となく 自分の名前さえ空ろになって
記号なのだと 証明なのだと、
眠る前に言い聞かすのです
そうして 懐かしい夢を見るのです

庭先に桜草が咲いているのです
飛行機雲を追いかけ 
空ばかりを仰いでいたこの足首を
ふと 掠め、
今日和と それはそれは可愛らしく
風に揺られていたのです

そうして囲まれた足元には
まるで空を写し取ったような
透き通った蒼色の 小さな白い花弁
指先が熱かったのでしょうか
そっと撫ぜると 堕ちてしまった蒼

「桜草の傍にねぇ、蒼くて小さい花が、
 あぁでも、名前が分からないの
「さっき図鑑とにらめっこしてたわね
「あぁでも、名前が分からないの
 分からないのよ、母さま

ものに囚われない生き方が出来たなら
きっと記号なんて必要ないのでしょう
硝子 も 花 も 大好きなあの人 も
名付けることで、支配下におきたいなんて
なんて醜いエゴの表れでしょう

仕方が無いのです
許してください
囚われてしまっているのです
名前がなければ 三角定規もコンパスも
この掌も 分からなくなりそうで

何となく 自分の名前さえ空ろになって
眠る前に尋ねてみるのです
あなたはどうして此処にいるの、と



自由詩 名前のない肖像 Copyright 士狼(銀) 2006-05-03 13:36:41縦
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戯言と童話