断片
たもつ



 固定された都市。流入する者と流出する者。
その背中には皆一様に大きな鳥のくちばしが
あり、そして光沢がある。鳴くわけではなく、
また、捕食するわけでもない。ただそれは背
中にあり、そして光沢がある

 わたし、と自分を名乗るわたしはノートの
罫線と罫線の間に父と母の名を交互に書き連
ねている間に大人になった。両親の名を知ら
ぬ人は何を書くべきなのだろうか、そう考え
ると忽然と書くことがなくなってしまった。

 駅が泣きそうな顔でやってきて、列車をホ
ームに停車させたいのですが、と申請書のよ
うなものを差し出す。わたし、と名乗るわた
しは許可権者ではなかったがはんこのような
ものを押してあげた。駅は嬉しそうに礼を述
べて帰った。これから毎日、来るはずのない
列車を待ち続けなければならないのだ。

 雨が降リ始めた。傘を持つ者は傘を差し、
無い者は差さなかった。いずれにせよ、くち
ばしは傘に収まりきれないので濡れるしかな
かった。人々は皮肉をこめて、それを「ささ
やかな平等」と言った。そのような、日常と
呼ばれる断片の中で、わたしと名乗るわたし
が行方不明になった、ということは翌日の報
道で知った。



自由詩 断片 Copyright たもつ 2006-05-01 18:58:50
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