断片
たもつ
固定された都市。流入する者と流出する者。
その背中には皆一様に大きな鳥のくちばしが
あり、そして光沢がある。鳴くわけではなく、
また、捕食するわけでもない。ただそれは背
中にあり、そして光沢がある
わたし、と自分を名乗るわたしはノートの
罫線と罫線の間に父と母の名を交互に書き連
ねている間に大人になった。両親の名を知ら
ぬ人は何を書くべきなのだろうか、そう考え
ると忽然と書くことがなくなってしまった。
駅が泣きそうな顔でやってきて、列車をホ
ームに停車させたいのですが、と申請書のよ
うなものを差し出す。わたし、と名乗るわた
しは許可権者ではなかったがはんこのような
ものを押してあげた。駅は嬉しそうに礼を述
べて帰った。これから毎日、来るはずのない
列車を待ち続けなければならないのだ。
雨が降リ始めた。傘を持つ者は傘を差し、
無い者は差さなかった。いずれにせよ、くち
ばしは傘に収まりきれないので濡れるしかな
かった。人々は皮肉をこめて、それを「ささ
やかな平等」と言った。そのような、日常と
呼ばれる断片の中で、わたしと名乗るわたし
が行方不明になった、ということは翌日の報
道で知った。