水を含む世界にて
千月 話子


   水見える能力

ある晴れた日の空の下
干したばかりの洗濯物の
内包された水溜りを
始めて見たのは 何時の事やら


いくつもの柔らかな固まりは
それから数時間かけて
風に撫でられ 風に放られ
「水の小石よ 空のつぶてよ」と
陽は歌い 陽は誘い
飛沫に成り果て 吸収された


良く晴れた日の空を仰ぎ見ては
誰にも眺められない
水の光りの上昇するダンスを
うっとりと見詰め
五月の清々しさ 陽と水の対比
それらの素晴らしい事を感じては
密やかに 微笑する



   水の星

少年達は、昔森へ行き
眺めの良い大木に登りて
頑丈な枝の上に仁王立ち
思う存分 小便をした


勢い良く弧を描き 
排出される液体の
先端から蒸発していく傍らで
小さき虹は生まれ
小さき虹は無数に生まれるのだった


腐臭と水分は森へ沈み
吸収されては花・実に移り
吸収されては緑に変わる
濃い空気の上空を
極彩色の鳥は飛び鳥は鳴き
「桃源郷、桃源郷、」と
森の名を呼ぶ
 
遠い日の国で



   
   水分の意味

本棚に見覚えの無い「青春文庫」
背表紙のその題名に
どうしてか涙がこぼれた


盛り上がった文字を指でなぞれば
水分で構成された青の月の先端から
悲しみが 落ちてきて
左手の 平を濡らすのだけれど
光りで構成された春の天辺から
陽が 昇り
青い悲しみを照らしては
少しずつ乾かしていくのだった


青春文庫は 一度も開かれることなく
私の心の水分を吸収しては乾き
吸収しては乾きながら
いつの間にか
本棚から消えていた


愛する人よ
今、その本は
空にいる あなたの手許に
きっと あるのですね



自由詩 水を含む世界にて Copyright 千月 話子 2006-04-30 00:13:46縦
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