難破船
前田ふむふむ

粉々に砕けている銀色の空の傷口から、
降りそそぐ驟雨は、わたしの灰色の乾いたひとみを、
溢れるほど、潤してゆく。
壊れている、遅れている砂時計のなかで
わたしは、眼を浸す溢れるものが涙だということを、
俊敏なカラスに、囁かれて、ようやく気付いている。

瞑目していた風は、唸りを上げて、呼吸をして
わたしの古い日記の荒野を丹念に捲りながら
ひとつひとつの言葉を飲み干している。

だが、わたしは霞みゆく砂塵のなかにある、
置き忘れた履歴を、拾い上げるために、
この雨粒のように、身を任せて、
朽ち果てた石棺を開いてみても、
変わること無い瑠璃紺色の化石は
都会の側壁に、使い古された紙幣のように、
薄汚く、晒されているのだ。

風よ。帆を張れ。
雨よ。錨をあげよ。
この、荒れ狂い、叩きつける波先を捉えよ。
かつて、挫折した難破船の航海は、
寂寥とした距離を乗せてこれから始まるのだ。

わたしは、この乾涸びた肉体に、羅針盤を取り付けて
恐る恐る舵に手を添えよう。

忽ち、わたしを覆う地鳴りのような鼓動は、
内なる動揺を抑えて、
暗闇に囚われた、青碧色の宝石をめざす、意志をつくり、
溢れ出る熱情は、堰を切って、
わたしの海馬に押し寄せて、
蝋でつくられた食物群の空白のページを、
艶やかな野生の果実で満ちた
宝珠の森に立ち上げてゆくだろう。

もう、海原をさ迷う木片の夜の熱狂は過ぎたのだ。
わたしの裂けた叫び声よ。恐れるな。
世界の周辺が鳴動している。
わたしの火照る眼差しよ。諦めるな。
朝焼けの喝采が瞬いている。
わたしは、留まることの無い、新しい王国の時代の、
そして希望の真昼の中を、弛まず歩き続けるのだ。



自由詩 難破船 Copyright 前田ふむふむ 2006-04-26 06:14:13
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