その先生のことは案外、嫌いじゃなかった
AB(なかほど)



  
文部省(ぼくらの頃は)が認めた国語の教科書に「こころ」がのってて、それから「人間失格」もありましたね。どちらも素晴らしい(後に全編読んで面白かった)けど、何を学べば良かったのかな? 国語だから文章の読み書きのスキルだけを汲み取ればよかったのかな。

その頃、入退院を繰り返していた女子が二人、やはりこたえたらしく二人ともまたしばらく休んじゃった。

国語の先生は地元新聞紙にときどき取り上げられるアマチュア作家。「先生の新聞のってたねえ〜やったねえ〜」というと、無言のまま黒板に自作の詩をカリカリ書きはじめた。その一文字すら今は覚えていない。何か学ぶものがあったのかな。

先生は長髪に黒ブチ眼鏡で言ってることがよく聞き取れない。だからって、おしゃべりばかりしてたのは悪かったと思うよ。

夏休みの読書感想文で「異邦人」について書いたら、先生の黒ブチ眼鏡にかなってしまい、個人指導を受けることになった。
「何が難しいのかい?」
要するに僕の感想文は「ムズかしくてよくわかりませ〜ん」というものであったのだが、太陽がまぶしいから、って理由は今でもよく判らない。

秋の教室で、
バタン、と突然 音がした。
と思ったら、先生の姿が見えなかった。クラスのほとんどが前を向いていなかったので何があったのか判らなかったのだ。
やがて、教壇の左側の床からもっそりと長髪が浮き上がってきた。
先生、文学ってそんなに身体に悪いことなのかな。

退院して戻ってきた二人の女子の笑顔はクラスでとびっきりの笑顔で、それをみんな笑顔で迎えたけれど、みんなちょっとさびしげだったのは、また、いつかその笑顔消えちゃうんじゃないか、それはもう明日かもしれない、って

それに、先生の方が教室に来なくなっちゃった。

先生はあの後もどっかで国語の先生でいられたのかな。

別に今は会いたいというほどのことでもないけれど、僕らは先生のことは案外好きだったのかもしれない。

それから先生、車の給油口を壊したのは僕達じゃありません。
(おそらくいまだに疑われているのだろうなあ)




  


散文(批評随筆小説等) その先生のことは案外、嫌いじゃなかった Copyright AB(なかほど) 2006-04-20 23:23:27
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