毎朝、新聞を読むためには
たもつ


日曜の朝刊はテレビ欄から読むのを習慣にしている
新しい連続ドラマなどやっていないだろうか、なんて
A4サイズに畳まれた新聞をA2まで広げたとき
私はテレビ欄に挟まれていた1本の髪の毛を発見した

我が家で一番最初に新聞を広げたのは私だから
家族のものでないことは容易に推測できる
長さ15cmほどで色は茶
何かの拍子に自分の髪が落ちたわけではなさそうだ

そうすると、毎朝午前3時30分にスクーターで朝刊を運んでくる、
病気の母の世話をしながら、奨学金で学校に通っている
(と勝手に私が想像している)あの新聞配達員のものか
しかし、配達員の髪の毛がこんなところに入ることはないだろう

それでは、高校生の一人娘が最近妙に色気づいて困ると嘆いている
恐妻家で高所恐怖症で痛風もち
(と勝手に私が想像している)のあの配送所のおやじか
でも、あのおやじは禿げている
(町内会の会合で見たから間違いない)
従業員なら有り得る、有り得るな

いや、待て、印刷所ということはないか
朝が早くて、あーこんな仕事とっととやめたい、なんて
毎日毎日思ってたけど、あと1週間で定年退職となるとなんだか淋しいな、
まんざら悪い人生じゃなかったかもしれない、そんなふうに
印刷所のおじさんが考え深げに帽子を脱いだときにスルリと入ったのか
だめだ、だめだ、印刷の様子がわからないので具体的なイメージがわかない
だいたい、機械化が進んでいるなか、
印刷所で髪の毛が入るなんて有り得るのか

そうか、機械、機械化が進んでいるなら当然メンテが必要だろう
3年間交際した彼女に、これから私たちどうなるの、
夏の海で涙ながらにそう訴えられ、
そろそろ、俺もしおどきか、来週辺り北海道に住む彼女の両親に
「お嬢さんをください」と
挨拶に行こうか行くまいか苦悩している茶髪のエンジニアのものか

そもそも、男のものだと決めつけるのが間違いかもしれないな
最近は女性だって髪の毛が短い人もいないことは無いだろうに

とにもかくにも、目の前にある新聞を新聞として
ただ漫然と読む毎日だったが
この朝、私は新聞を新聞として読むためには
沢山の人の手から手へ渡ってくるものだということに気づき、
そして、新聞という商品の供給者側と消費者側との位置関係について
意識せざるを得なくなったのだ

よく焼けたトーストの耳をカリカリカリとかじりながら
そんな感慨にふけっているわきで
妻はその髪の毛をつまみ上げると
ティッシュぺーパーで丁寧につつんで
クマのイラストが入ったゴミ箱に捨てる
少々潔癖症の気がある彼女は
当然のごとく手を洗いに洗面所に向かった





自由詩 毎朝、新聞を読むためには Copyright たもつ 2004-02-10 08:50:08
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