電話してくれりゃよかったのにさぁ
カンチェルスキス






 熱いものを触ったときに耳を触るってのはよくやることだけど、実はあまりやらないことだ。まあ、こんなことはどうだっていいんだ。おれが言いたいのは、一つしかない。餃子を食いたい。ラー油&酢醤油まみれの餃子を。



 別に餃子は食いたくないんだよ。さっき食ったばかりだから、餃子。墓石売ってるところって知ってるか?石材店って呼ばれるところだ。大小いろんな石が並んでる。ピカピカに磨かれたやつもあればまだ手をつける前ってやつもある。生きてる間に墓石を買い、墓地も購入する。というのは今や現代人のトレンドだ。なんてエコノミー雑誌みたいなことを言ってしまったけど、金の余裕のあるマダム調の女(マダムではない)とか従業員総勢5人の街の運送屋の社長とか、そういうやつが生前の見栄をそのまま墓場に持ち込もうとして、見晴らしのいい丘陵公園墓地に不分相応な立派な墓石&区画墓地を購入したりる。連中は金があって、一応死ぬことは念頭に置いてるけど、明日や明後日死ぬとは思ってないから、平屋建ての連続アパートの前の枯れ果てた観葉植物を見て「汚らしい」とか罵ったりできるわけだ。若いやつ、例えば、今頃の高校生は何でも進んでるっていうから、どうなんだろうと思う。性交渉という言葉は考えてみればすごい言葉だ。「ユミと益男、性交渉、決裂!」新聞記事やニュースになる。つまりさ、セックスする年齢が下がってるってことで、なんかのテレビで政治評論家が「そりゃ、まずいんでねーの」って泡飛ばしながら力説してた。現在の日本の政治より危機感を持ってるみたいだった。で、おれが考えるに、連中、高校生ぐらいのやつらの中で墓石&墓地を購入してるやつはいるか、ということだ。試しに従兄弟やらホームで電車を待ってる女子高生やらマクドナルドで鼻にポテトを詰めてる男子高校生や夜の公園で立ちながら営みを行ってる制服のカップルに訊いてみた。
「ねえ、あんたら、ところで、墓石&墓地購入してる?アゲイン、墓石&墓地購入済み?あっハーン?」
 どれぐらいの人数訊いてみたかわからないが、少なくともランチ時の吉野家に集まる人数分ぐらいは訊いたと思う。まあ、でもはっきりしたことは言えない。インタビューをしてた当時、おれはいつもうとうとしてたから。うとうとしてたのは、夜中、知らないおっさんがおれの枕元に立って、おれの閉じた目玉二個にマヨネーズを落とし続けてたから、ほぼ毎日。眠れなかったんだ。おれが渡辺徹みたいなマヨラーだったら耐えれたんだが、おれはそうじゃなかった。マヨラーじゃなかった。「じゃあ、おまえはいったい何ラーなんだよ?」と訊いてくる連中にはあえて黙殺で応える。が、やっぱ少しだけ答えておこうと思う。「おれは、もっとちゃんとしたラーだよ、しょうがないじゃないか」
 さあ、インタビューの結果はこうだ。全員の意見が一致した。
「ああ、持ってるよ、墓石&墓地でしょ?もちろん」
 まあ、でもおれは思うんだ。本当のことはわからない。連中が嘘をついてるってわけじゃないけど、本当のところはわからない。というのも、おれはインタビューなんかしてないんだ。しようと思ったけど、部屋を出たら、ローラーシューズ履いて滑ってる婆あにカリフォルニア式のあいさつをされたからやめたんだ。何か違うなって思って。まあ、それっきりだ。



 そう言えば、眼科の受付で待ってたら、男が寄ってきておれに訊ねたことがあった。
「ねぇ、まだ生きてるよね?あんたとこの爺さん婆さん父さん母さんお隣さん」
 おれは頷いた。
「じゃあさ、死ぬんだよね」
 おれは頷いた。
「生きてるから、死ぬってことだよね」
 男は二度繰り返した。どうも眼科の人間じゃないみたいだ。どっちかって言うと、TOTOのショールームにいる男のように思えた。おれはTOTOのショールームになんか行ったことなんてないけど。鮮やかなブルーのジャケットにパリッとしたホワイトのシャツだった。白のスラックスに白の紳士靴。
 おれはまた頷いた。もっともだ、と思ったからだ。
「じゃあさ、こんなのはどうだろう。人間死ぬと何が必要かな?答えてごらん」
「口笛」
 おれは即答した。
「夜、口笛吹くと、蛇が出るって言われたから、わたしも20歳を過ぎるまで夜は口笛を吹けなかった。蛇なんて怖くなかったんだけど。他には?」
「ほとんどの場合、おれが思うに」
 おれは迷いながらも言った。
「豆板醤」
「豚骨ラーメンには必要なときもあるよね。他には?」
「それ以上、おれは答えを出せないよ。そんなに出来がよくないんだ」
「じゃあ、わたしが答えるよ。墓石&墓地。これが必要になってくるんだ、人間死ぬとね」
「墓石&墓地?兄弟漫才師?」
「うん、そう。って!!」
「違うんだ?」
「違うよ」
 男の顔は真っ赤だった。しゃがんでおれの前にいた。汗もどくどく流れてた。怒ってたわけじゃないと思う。一生懸命何かに耐えてる感じだった。男は墓石一式をひもで縛りつけて背負ってた。リュックみたいにして。何キロぐらいあんのかわからなかった。リュックにしてはえらく重かったと思う。
「ねえ、墓石いる?」
 男は訊いた。胸のポケットに「全国墓石訪問販売協会認定販売士 忠谷吾郎」というバッチがつけてあった。
「いらない」おれは答えた。
「なるほどね。いい答えだ」
 そう言うと、眼科を出て行き、商店街を歩いていった。違法駐輪にひっかかって、こけそうになったが、耐えきった。忠谷吾郎は力強い男だった。足取りはふらついてた。
 で、その後、おれは目玉を覗かれる検査を受けて、目をぱっちり開けてくださいとピンクの制服の女に言われて、その通りにやると、口は開けなくていいですよ、と言われて、その女のことが好きになったんだ。そう言えば。



 何かの会合に出席してあのひと言をものにしたいもんだ。何の会合だ?何の会合でもいい。エビフライの尻尾は必ず残さんように食べてんねんわてら会みたいなものでもいい。めったに会わないやつを前にして言ってみたいもんだ。
「こりゃ珍しい顔に会ったねえ」
 その時、グレイのジャケットを羽織ってるのが好ましい。










散文(批評随筆小説等) 電話してくれりゃよかったのにさぁ Copyright カンチェルスキス 2004-02-09 16:04:18
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