たたかうんだよ
yuma

「『たたかう』んだよ。」
生まれて初めてRPGゲームというものをやった私に
見るに見かねた兄はそういった。
ブラウン管に広がる広大な異世界を前に
右も左もわからない私は
兄の言うがままにカーソルキーを『たたかう』に合わせて、決定ボタンを押した。
まだチュートリアルすら脱していなかった私の主人公の記念すべき初めてのガッツポーズ。
結局この日以来あのゲームのセーブデータを開くことは無かったけれど
あの勝利のときに流れたBGMは悪くなかった。

「たたかうんだよ。」
家の中の物置小屋を漁る兄になにやってるの?と聞くと
神妙な顔つきで兄はそういった。
薄ら笑いを浮かべた学生たちを前に
たったひとりの兄は
私の言うことも聞かずに彼らに背後から殴りかかった・・・らしい。
ちょうど(偶然)通りかかった警官によって団子状態の加害者も被害者もまとめて一晩の留置所送り。
このあと、学校内でイジメについての集会や先生たちの職員会議が何度もあったのだけれど
兄が学校に呼び出されることはなかった。つまり、どういうこと?

「闘うんだよ!」
夜遅く帰ってくるなり、私が聞いてもいないのに
パンフを握り締めて兄はそういった。
兄のような大人気なく瞳を輝かせた大人たちを前に
リング上の中のたった二人のファイターが
野次と歓声を聞きながら取っ組み合って殴りあうのを今さも見ているかのように兄は実況する。
最強なんたらのキックが。超絶なんたらのジャンプが。と私が聞いていないのもお構いなし。
行く直前まで殴り合いなんて。と口を尖らせていた根暗な兄だけれど
次の日から少しずつ兄の部屋にはスポーツ誌が増えて行った。

「戦うんだよ」
兄が就職して家を出て数年したころ、盆でも正月でもない日に帰ってきて
悲しげに兄はそういった。
普段は上司が使っているはずのPCを前に
残業をしていた兄は
不意に関係ないファイルを開いてしまい会社ぐるみの不正に気がついてしまった。と言う。
仕事先を辞めることになるかもしれないけれど。と呟いた後、両親にごめん。と謝った。
TVに出てきた兄の勤め先の社長はまるで自分も被害者のような口ぶりだったけれど
翌年、芋づる式に出てきた政治家と一緒に逮捕された。勇気あるAさんの証言が決め手だ。

「たたかうんだよ」
救急車のストレッチャーに乗せられた私の手を握り
すっかり青ざめた顔で兄はそういった。
いつのまにか体の中に巣食った病気を前に
右も左もわからなくなってしまった私は
彼氏でも家族でも友達でもなく、むかしたった一度だけやったRPGを思い出していた。
ああ、きっとあのときの不思議な形のモンスターが私の中で暴れているのだ。
不安と痛みでおかしくなってしまいそうだったけれど
私の中で暴れるモンスターを思うと笑いがこみ上げてきていた。

私『たたかう』のやりかた覚えてるよ。
心配しなくて良いよ。前に一度戦ってるしね。
「大丈夫、わたし『たたかう』よ。」


自由詩 たたかうんだよ Copyright yuma 2006-04-13 02:54:05
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