ひよこ
ヤギ
まず、宿太は色の多さに驚いた。
押し並ぶ品々の金色や銀色も、
人々の浴衣の薄紅色や朱色も鮮やかだったが、
それらがぼんやりと滲んで、混じり合い、
透明に光っているのが不思議で美しかった。
次に、ここはどこだろう、と考えたが、
もう人波に押されて歩きはじめていた。
宵宮のようだった。
奇妙なことに、参拝客や香具師の体からは細い糸が生えていた。
近くに寄って、じっと目を凝らさねば気がつかぬほどの、
極細い糸ではあるが、
頭、足、指の関節の一つ一つ、
さらには目蓋に至るまで無数に生えていて、
ぐうっと真っ黒い空の向こうに、煙のごとく伸びていた。
それに出店の角灯の光が反射して、きらきら輝いているのだった。
(みんな操り人形みたいだ)
宿太はうそ寒くなったが、
そのためにかえってこの匂い立つような夜市に魅せられていった。
右へ左へと首を伸ばして、ぐずぐず歩いている間に、
一軒の屋台の前へ押し出された。
ひよこ
と書かれた暖簾をくぐると、
そこには大きなたらいが置かれていて、
その中に沢山のひよこが歩き回っていた。
闇雲に歩きながら、一心にぴいぴい鳴くひよこ。
宿太は一目見た途端、どうしても欲しくなってしまった。
正面には老人のような顔をした、痩せた男が座っていて、
止まりかけたひよこを手にとっては、背中のぜんまいを巻いていた。
(ひよこは良く出来た作り物なのだ)
そう知ると、ますますどうしようもなく欲しくなって、
頭の奥が熱くなり、石像のごとく立ち尽くした。
不意にひよこ売りは
「坊ちゃん、御銭は持っているのかい。」
と尋ねた。
宿太は黙っていた。
「手に握っているのは何だい。」
知らずに握っていた手をそっと開いてみると、小銭が幾らか入っていた。
「それなら丁度一羽分だね。買うかい。」
半ば無意識に手のひらを差し出すと、
ひよこ売りは、きらきら燃える指で銭を掴み取った。
「好きなのを選びな。」
どことなく目に付いた一羽を選び、
受け取った宿太は、喜びで満ち足りて、
ひよこを手のひらに歩かせながら、元来た方へ引き返した。
いかほども行かぬうちに、
後ろからわいわいと云い争う声が聞こえてきた。
「なんだこのひよこは!冷たくなっているじゃないか!」
「旦那、どういう意味で。」
「惚けるなっ。どのひよこも、既に冷たくなっていると云っているんだ!」
「うちのは皆元気ですぜ。
難癖つけようってんなら他所へ行って呉んな。」
宿太は突然、自分でも判らぬまま戦慄いた。
そして、買ったばかりのひよこを放りだしたい衝動にかられながら
両手で必死に握りしめ
祈るように
大急ぎで去った。