姉のまなざし
服部 剛
半年振りで姉は嫁ぎ先の富山から
5歳の姪を連れて帰っていた
家族揃って
僕の出版記念すき焼パーティーをするので
今朝の出勤前母ちゃんに
「 今日は早めに帰って来なさいよ 」
と言われたが
残業しつつ上司の長い愚痴を聞き
夜遅く家に帰ると
皆はすでに寝静まり
無人のテーブルの上には
電球に照らされたすき焼鍋
息子の帰りに気付いた母ちゃんが階段を下りて来て
台所のコンロで暖めなおしてくれた美味しいすき焼を
ひとり寂しく食べた後
仕事疲れの重い腰をソファーに沈め
こくり こくり うたたねる
ふと 目を覚ますと
背後から誰かのまなざしが
くたびれた僕を見ていた
椅子を引いて
立ち上がり
部屋のドアを開いて
階段を上がっていく
姉の足音
( 忘れた頃に
( 遠い空の下にいる姉に
( 近況報告のメールを送っては
( 風まかせにふらふら生きる弟を心配して
( 少し苦い薬の言葉で
( 返事が来ていた
僕がソファーでうたたねをする夜
背後からの姉のまなざしは
産声をあげた時からからずっと見ていた
かみさまのまなざしに
少し似ていた
5歳の姪を連れて富山へ帰り
がらんとした姉の部屋のドアを開くと
レースのカーテン越しに木漏れ日の落ちる白い机の上に
数日前行ったディズニーランドのお土産の
クッキーの缶が置かれていた
青い絨毯から
まっすぐな糸を伸ばし
ミッキーマウスの顔型の風船が
部屋の真ん中に浮かんでいた