迷彩
英水

「理由」
 
 今、また飛び立っていった

その跡地に残っている匂いを慈しみ
つま先に少しだけ残った春を払い落とした 
することもないので、踵の重さを告白する
あなたが、立ち尽くしていた沁みが、影を落としている
その靴の輪郭を 叫ぶ

 今、また飛び立っていった

行き場を失ったガブリオレが紫のチョークであることをさらけ出し
タイヤの溝を流れている距離が、あなたの濡れた髪にへばりついていた
その深海魚のような距離が、水の距離が
芽吹くことを忘れた声を通過する



 「鈍痛」

 背中が 痛みますか?
通勤途中の混雑の中で、ふいに囁やいたあの女は
僕を通過して、僕の背中を見ていた

 背中が 痛みますか?
焦点を絞ると、私の正面を見据え、再度、女は同じことを聞いた

昨晩から、背中に宿るワダカマリがいて、
僕を押し続けている

その痛みについて、
 背中が痛みます
 背中が凹みます
 背中が翻ります 
僕が、話し続けている



  「羽化」

 そして、飛び立とうとしている

上空に積乱し続けた羽化の弾音が昨夜降り続け
目の前で 宙返りを続けている
そして今、一斉に芽吹いた迷彩色の羽が、
コンクリートで固められた地面をうろうろ探りまわり
蟻の体内でゆっくり溶融する砂糖の酸っぱさで
帰還しようとしている



  「迷彩」

今、夜が舞い上がり、
夜、あなたの背中の痛みを貫き、生えた迷彩色の羽が
一気に空気を集め
今、一斉に、
飛 び 立 ってゆ く 
そして羽音が、全てをかき消 て し 


自由詩 迷彩 Copyright 英水 2006-04-07 08:21:31
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