早春のレクイエム
佐野権太
春を待ちきれず
同棲を始めたと喜んでいた貴女は
近頃、思い悩んで
すっかり痩せてしまっていたという
(僕が、よう怒れへんかったからかなぁ
お父さん、つぶやいて
肩を震わせる
一週間前の家族旅行
お父さんと腕を組んだ写真から
ひとり 切り離された遺影
祭壇の前には大きなキャンバス
お母さんの力作だという
貴女は白い猫を抱え
やわらかく微笑んだまま
さぞ自慢だったであろう
絵も 猫も そして娘も
貴女は僕らの家にくると
子供好きの瞳を広げて
娘たちを抱き上げてくれた
へんちくりんな折り紙は
丁寧に部屋の壁に貼られていたという
衣擦れの音
すすり泣き
焼香の列はあっけない早さで
さばかれてゆく
雨
雨
あたたかい
雨
春がやってくる
貴女を振り落とした
春だけが