早春のレクイエム
佐野権太

春を待ちきれず
同棲を始めたと喜んでいた貴女は
近頃、思い悩んで
すっかり痩せてしまっていたという
(僕が、よう怒れへんかったからかなぁ
お父さん、つぶやいて
肩を震わせる

一週間前の家族旅行
お父さんと腕を組んだ写真から
ひとり 切り離された遺影

祭壇の前には大きなキャンバス
お母さんの力作だという
貴女は白い猫を抱え
やわらかく微笑んだまま
さぞ自慢だったであろう
絵も 猫も そして娘も

貴女は僕らの家にくると
子供好きの瞳を広げて
娘たちを抱き上げてくれた
へんちくりんな折り紙は
丁寧に部屋の壁に貼られていたという

衣擦れの音
すすり泣き
焼香の列はあっけない早さで
さばかれてゆく


    雨
  あたたかい
         雨

春がやってくる

貴女を振り落とした
春だけが


自由詩 早春のレクイエム Copyright 佐野権太 2006-03-24 13:40:34
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