肺に混じる雑音
フユキヱリカ
[hi−fi]
咳をしたあと
ひゅう、ひぅ と、
咽喉が鳴るんだと思った
きみは 背を震わせていたんだ
いつもそうやって
シーツのなかでつま先だけが冷えるから
それから眠れないでいた
あの夜、窓を叩いた枝が
葉を繁らすころ
皮膚の匂いが濃くなるのを嫌った
僅か残すばかりの線を
知るのを急ぐように
の、を急ぐように
原音を忠実に再生する
私を見てわらう
hi−fi
噛んだ唇をわらっても
その目を睨み返したことも
てのひらをぎゅっと握り締めたことも
おとなになればわすれるのに、ね
また泣いていたの?
そうじゃない
きみにやさしいことばをあげたいんだ
きっと うまくいく と
つぶやいて
明日を待って眠る
ただ眩しくて見えない空、
青空のファルセット
[振動数]
震わす唇のクラップ
コホン、と
吐き出した息
真っ白いコンクリートの壁を
叩きつけるよう何度でも
ハウリングするたび
君の肋骨が持ち上がる
通過する粗暴な雨を
待つ花のようだ
祈るようにただ待つだけ
じっと暗雲を睨んで
あおいあおい血管に
水滴が落ちる
てのひらを強く
握り締めても 振動数がたりない
味のないスプーンを
君がおいしいと頬笑む
そう、おいしい と
膝の上に涙を包んで
わたしはそっと席を立つ
君が
細長いチューブに成ってしまう
わたしの名前をもう
覚えることはなくても
その眼で見ていてほしいの
*