赤ちゃんが乗っています
haniwa
赤ちゃんが乗っています
世間でステッカーがはやりはじめると
和泉町3丁目にある零細ステッカー会社の社長はへそまがりだから
赤ちゃんだけ特別扱いするのはおかしい と言い出し
次のような亜種をどんどん生産し始めた
・老人が乗っています
・貧乏学生が乗っています
・花粉症の人が乗っています
・徹夜明けのプログラマが乗っています
・ついつい飲まされちゃった中間管理職の人が乗っています
町の人たちはネタ好きだったので
みんな競って ○○が乗っています シリーズをリアウインドウに張った
町中になにかしら特別な人を乗せている車があふれた
だがいずれにしろ 交通事故は減らなかった
赤ちゃんだろうが 老人だろうが
徹夜明けのデブだろうが
交通事故で死ぬときは死ぬのだ
それでも零細ステッカー会社は
売れるうちに売っとこうと バリエーションを増やし続けた
・総理大臣が乗っています
・大統領が乗っています
・芸能人が乗っています
・上戸彩が乗っています
・不倫相手が乗っています
・同性愛者が乗っています
・警察官が乗っています
・天涯孤独の人が乗っています
・893が乗っています
・難民が乗っています
最後にはだんだん煮詰まってしまい
やがてみんな飽きて ステッカーをはがした
零細ステッカー会社の社長は
不良在庫を抱えて経営を立て直すことができず
酒びたりのまま車に乗って 交通事故で死んだ
かれの車には 山ほどのステッカーが貼られてあった
あらゆるわけアリの人がその存在を主張していた
けれども結局 ぐちゃぐちゃにつぶれて火ダルマになったのは
つぶれかけた小さな会社の社長の みすぼらしいおっさん一人だけだった
ニュースではそう報道された
かれは総理大臣でも 大統領でもなく
芸能人でも 上戸彩でもなかった
けれども かれの奥さんは泣いた
この世が終わるように泣いた
彼女はかれのことが大好きだったのだ
30年間
誰も信じなかったけれども
彼女は 泣きながら
真夜中に 夫の会社に忍び込み
一枚の ステッカーをつくった
「大好きな人が乗っています」
それは これまでのステッカーと比べると
控えめなサイズで デザインも特に目を引くものはなかった
けれどもそれは ゆっくりと町に広まった
交通事故の件数は激減した
零細ステッカー会社は警察署から表彰を受けた
町中に大好きな人を乗せている車があふれた
誰も彼もが 大好きな人を乗せていた
みんな それをほんとだと
信じることにしたのだ
少なくとも 大統領よりは
そのステッカーに 説得力があったし
そんな お話
だからもし あなたの街で
このステッカーを貼っている車を見ても
笑ったりしないで よく考えて
ちょっとだけ 安全運転をおねがいします