死神と魔王−魔王と出逢った−
蒸発王

“死にませんよ”


春の夜明け
川ぞいの土手を歩いていると
魔王と出遭いました
鼻水をずるずるとすすっています
まだ寒い中僕を待っていたようです
とりあえずティッシュを渡すと
魔王は力なく鼻をかみました
丸めたティッシュのゴミを胸ポケットにしまうため
魔王が着ていた黒いマントを開くと
魔王のマントの下には
銀色の肋骨が剥き出しにされていて
其の肋骨の籠に納まった心臓が
赤くはれて痛そうに脈打っていました
少し膿んでいるようにも見えます
『恋心』
魔王は自分の恋心を哀しそうに愛しそうに見ると
この恋心は死んでしまうのか 
私は死んでしまうのか
と訊いてきました


僕が死神だから
そんなことを訊いてきたのでしょう



僕は黒手帳を開き
先刻回収したばかりの魂を一つ
魔王の恋した女の魂を
魔王に手渡しました
もうすぐ夜が明けて朝焼けができます
その朝焼けに魂を投げ込まなければ
魂は永遠に現し世にとどまります

“死にませんよ”

この魂を貴方の肋骨の籠に
恋心もろとも閉じ込めることができればね



と言うと
魔王はしばらく固まっていました
やがてぽろぽろと泣き出して
最初はゆっくり
それから素早く首を横に振ると
出来ないとうめきました
何故?
あの人にはもっと生きて
もっと恋をして
もっと幸せになって欲しい
と ここまで聞き取れて
あとは涙に飲まれてしまいました

この魔王はどうしようもないのです
あっというまに消えてしまう人間ばかりに恋をして
そのたび勇者に倒されて
そして誰よりも
誰よりも恋した人の幸せを願うのですから



本当に
どうしようもないのです



朝の卵が破れて
朝焼けが流れ出しました
魔王は大きく振りかぶって
魂を朝焼けに投げ込みます


まだちゃくちゃくと脈を打つ
魔王の恋心と
ぐしゃぐしゃだけど優しく笑っている
魔王の顔を見ると
なんだか目蓋が熱くなりました
きっと絶対
魔王の恋は
死神にだって無理でしょう


“死にませんよ”



朝焼けを向こうに
魔王の肩を抱きながら
大きな声で励ましました






自由詩 死神と魔王−魔王と出逢った− Copyright 蒸発王 2006-03-05 20:18:55
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