消えないでいて
とびまる。

さっきまで
あたしの前にいてくれたあなたが
おうちに帰るために
あたしの前からだんだんと離れていきながら
あたしの知らない顔に変わっていく

あたしはあなたの前でもあたしのままで
おうちに帰ってもあたしのまま

あなたはあたしの前にいてくれるときとは違って
おうちに帰ったら
いろんなことをしなきゃいけなくなる

どんなことなの?

あたしには何にも想像することができない
だってあなたはあたしの知らない
あなたを見せてはくれないから

見せてくれないから見たいんじゃないの
もしかしたら
あなたが見せてあげるよと言ってくれても
あたしは見たくないって言うかもしれない

ただただあたしはそばにいてくれない寂しさに
どうやって向かいあえばいいのかわからないだけ

楽しいことだけを
考えていればいいよというあなたは
あたしの前ではいつもにこにことしてくれる

笑顔がなくなるのは
あたしの顔を見つめてくれるときと
あの部屋で二人きりになれるとき

ほんの少し前まで本当に
にこにこしてくれていたのに
重たいドアが静かに閉じて
かちりと鍵が閉まったときから
ぱたりとあなたの笑顔が消えていく

あたしはそれを何度も見ているから
あなたの変化が体に染みついているはずだし
ひとりになってしまったときだって
あなたの笑顔が消えていくのを
思い出せるくらいなのに

いつも閉じたばかりのドアの前に立たされて
あたしにどんなことでもしてくださいと
あなたに言わされてしまってからは
それまでのあたしの記憶は飛んでしまって
見たこともない部屋でされたことがないことを
しているような気分になってしまう

それから先のあたしは何も考えられなくなって
何をしていたかなんてのはあなたにしか分からない

明かりをものすごく暗くして
あたしの服をものすごくゆっくりと脱がして

あたしの体のどこにも隙間がなくなるように
耳とか首とか肩とか胸とか背中とかおなかとか
おしりとか太ももとかふくらはぎとかつま先とか
ここはなんていうところなのだろうと
思うところまで舐め尽してくれる

それはあなたが教えてくれたこと

あたしは自分の体を見ながら
赤く染み付いた跡を追いかけて
それだけじゃないんだろうなと
あなたがしてくれたことを思い出そうとしてみる

だけど途切れた記憶をどれだけさかのぼっても
あたしが思い出すのは
さらさらのシーツの上にひんやりとした染みを見つけて
ふと横を見てみると腕枕をしたままのあなたが
やんわりとした寝顔を見せてくれるところ

まさか夢じゃないよね

ソファに集まっている
あたしの服とあなたの服を見ながら
そこに下着がないのに気づく

できれば下着だけでも着ていたいと思うのだけど
あたしの体がこんなになっちゃってたら
下着なんていくつ持ってきても足りないし
今動いたらあなたを起こしてしまうかもしれないから
熱くなったままのあたしの体って
あなたの前でしか見せたことがない体なんだと
思いながらまた眠りに入ってしまうの

そしてあなたはあたしを起こしてくれる

にこにことしながらあたしをきつく抱きしめて
あたしだけのための言葉を言ってくれる
それもいつもと同じことなのだけど

あたしの知らないあなたの時間を受け入れるためには
あたしのためにしてくれるいつものことを
すべてあたしの前で見せてほしいから
ねえお願いもっとあたしのためにあなたが
できることをたくさんしてくださいと言ってしまうの

このお部屋が暗すぎるから
あたしの記憶がなくなってしまうのかな
もうどれだけはずかしくてもかまわない

あたしは起こされてからも
帰るまで何度もする全てのことを
あたしの体に残るだけじゃなくて
あなたのこころの中にも
あたしのこころの中にも残したい

どれだけ離れている時間が長くても
まるでさっきしていたことのように
こころに深く染みつけたい

そしたらあたしの知らないあなたが
少しだけ怖くなくなるの


未詩・独白 消えないでいて Copyright とびまる。 2006-03-01 19:09:10
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