俺と死神 −夕焼け眼鏡−
蒸発王


“眼鏡の度があってませんよ”
 
俺には死神のじぃちゃんがいる
母さんの名付け親だ


父さんが死んでから
母さんは死神のじぃちゃんと二人暮しを始めた
俺が面倒を見ようかとも言ったけれど
逆にさっさと身を固めろと小言をもらった

その母さんもいいかげん歳なものだから
最近老眼が進んで新聞が読みにくくなっているらしい
ちょうど勤労感謝の日も近いし
たまには親孝行をしてあげようじゃないか と
下見のつもりで行きつけの眼鏡屋に踏み込んだ
そこで偶然にも死神のじぃちゃんと会った
母さんの老眼鏡の下見に来たなんて言うのは
少し恥ずかしいような気がしたので
とっさに自分の眼鏡の調整だと言い訳をしてしまった


じぃちゃんは俺の顔をじっと見ると
納得した様にうなずき

“眼鏡の度があってませんよ”

と言って
俺にオレンジ色のフレームの眼鏡をくれた
俺には似合いそうも無い眼鏡だったけど
とにかく俺は母さんの老眼鏡の下見に来たことを秘密にしたかったので
手早くお礼を言ってその眼鏡をかけ
眼鏡屋を出ていった
下見はまた今度
じぃちゃんが居ない時にしようと思いなおして


眼鏡屋を出ると
調度夕焼けが広がっていた
家と家の間にとろけて落ちていく
夕雲が落ちてきた太陽を取りこぼして
橙の虹彩が雲の隙間からじりじりと滲んでいた
昼間の青さがたわんで
空が昼の水色から夜の群青へ着替える一瞬
素肌を見せたような朱鷺色の空肌がおしげもなく広げられている


その夕焼けに溶け込むように
女の子が独り俺の自転車によりかかって
本当に哀しそうな顔で夕焼けを眺めていた
丁寧に三つ編みをゆった色の白い女の子だ
自転車からどいて欲しくて声をかけたら
今にも泣きそうな顔で
眼鏡を無くしてしまって困っています
眼鏡が無いと何も見えずお家に帰れません
貴方の顔もまともに見えないのです
と言う
少女漫画も真っ青な生っ粋の眼鏡っ子だ


心の中で小さな悲鳴をあげながら
流石に気の毒になって
もしかしたら俺の眼鏡で代用がきくかもしれないと思い
今までかけていたオレンジフレームの眼鏡を外した
きっと俺よりもこの子のほうがオレンジが良く似合う
女の子はお礼を言いながらも
外した眼鏡がどこにあるかも解らないみたいだったので
失礼して俺が耳にかけてあげた


瞬間

女の子が消えた
唖然としていると頬に薄い羽音が掠めた
見ると一匹の赤トンボが俺の目の前をくるりと廻って
家の谷間に溶ける太陽にむかって
お家に向かって
小さく消えて行った
俺がじぃちゃんからもらったのは
トンボの眼鏡だったのか

ここまで考えて


俺は全てを悟ってしまった


後で自動ドアが唸りをあげて開き
鼻歌を歌いながらじぃちゃんが店から出てきた

しまった
見事にしてやられた

振り向くと案の定じぃちゃんの手には
綺麗にラッピングされた老眼鏡が収まっている
俺達が出会ったのは当然だったんだ
目的が一緒だったんだから
じぃちゃんは時間稼ぎのために
俺に眼鏡を


恨めしそうにじぃちゃんを睨むと

“眼鏡の度があってませんよ”
としたり笑いをされた

畜生わかってるよ
母さんを喜ばせることにかけて
じぃちゃんに敵う奴なんていないさ







自由詩 俺と死神 −夕焼け眼鏡− Copyright 蒸発王 2006-02-25 17:03:49
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