妻へ
佐野権太

遠い昔、つき合いっていた頃に初めてあげた
小魚のシルエットの素朴な首飾りを
さりげなくつけている君が好き

通りすがりの子犬や
抱えられてる赤ちゃんを見つめるときの
黒い瞳が好き

お雛さまを箱から取り出すときの
優しさと真剣さがブレンドされた横顔が好き

お風呂上がりのすっぴんの
血色のいい桃みたいなほっぺが好き

僕のくだらないギャグを睨む
冷ややかな目尻が好き

部屋の隅から隅まで文句を並べて
見せびらかす尖らせた唇が好き

「布団で寝なさい」と起こしてくれる
手のひらのあたたかさが好き

シャギーしたての髪先も

霜焼けで膨れた指先も

口を薄く開けたあどけない寝顔も

わずかに覗かせてた大きな前歯も

何だかんだ言っても
僕を好きと言ってくれる君が好き

「愛してる」なんて全面降伏で嘘っぽい言葉より
「好き」という言葉が好き








「やめとけ」って言ったのに
チャーシュー麺が待ちきれなくて
チャーシュー丼を追加注文して
気持ち悪いといいだす始末の君が好き

「いくらしたとおもう?」
って60円で手に入れた大根を
さんざん自慢したあげく抱きしめて
神様にまで感謝するほど幸せに浸ってしまう君が好き

車の運転中に「ガムちょうだい」と言うと
丁寧にとぐろを巻いて
口に入れるタイミングを測りながら揺れている
どうでもいい優しさが好き

嫌いな虫とか生き物を見たと報告するときの
ありえない大きさの手の幅が好き

パック中に無表情で逃げ回る君を
追いかけるのが好き

クイズ番組の答えが告げられる前に
あたふたと僕に答えさせようとする君が好き
わかったようにカクカク頷いてても
ちっとも見当違いな君が好き

脈絡も主語へったくれもないから
「それってこういうことでしょ」
と言い換えると
「そうやってキチン、キチンと並べ替えられると
なんかむかつく」
ってふくらんでしまう君が好き

「お疲れやまです」って
しっかり疲れを吹き飛ばすメールをくれる
君が好き



未詩・独白 妻へ Copyright 佐野権太 2006-02-23 12:04:34
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