妻へ
佐野権太
遠い昔、つき合いっていた頃に初めてあげた
小魚のシルエットの素朴な首飾りを
さりげなくつけている君が好き
通りすがりの子犬や
抱えられてる赤ちゃんを見つめるときの
黒い瞳が好き
お雛さまを箱から取り出すときの
優しさと真剣さがブレンドされた横顔が好き
お風呂上がりのすっぴんの
血色のいい桃みたいなほっぺが好き
僕のくだらないギャグを睨む
冷ややかな目尻が好き
部屋の隅から隅まで文句を並べて
見せびらかす尖らせた唇が好き
「布団で寝なさい」と起こしてくれる
手のひらのあたたかさが好き
シャギーしたての髪先も
霜焼けで膨れた指先も
口を薄く開けたあどけない寝顔も
わずかに覗かせてた大きな前歯も
何だかんだ言っても
僕を好きと言ってくれる君が好き
「愛してる」なんて全面降伏で嘘っぽい言葉より
「好き」という言葉が好き
*
「やめとけ」って言ったのに
チャーシュー麺が待ちきれなくて
チャーシュー丼を追加注文して
気持ち悪いといいだす始末の君が好き
「いくらしたとおもう?」
って60円で手に入れた大根を
さんざん自慢したあげく抱きしめて
神様にまで感謝するほど幸せに浸ってしまう君が好き
車の運転中に「ガムちょうだい」と言うと
丁寧にとぐろを巻いて
口に入れるタイミングを測りながら揺れている
どうでもいい優しさが好き
嫌いな虫とか生き物を見たと報告するときの
ありえない大きさの手の幅が好き
パック中に無表情で逃げ回る君を
追いかけるのが好き
クイズ番組の答えが告げられる前に
あたふたと僕に答えさせようとする君が好き
わかったようにカクカク頷いてても
ちっとも見当違いな君が好き
脈絡も主語へったくれもないから
「それってこういうことでしょ」
と言い換えると
「そうやってキチン、キチンと並べ替えられると
なんかむかつく」
ってふくらんでしまう君が好き
「お疲れやまです」って
しっかり疲れを吹き飛ばすメールをくれる
君が好き