「ハーメルンの笛吹き」のこと
竜一郎
「笛吹き男」の話を聞いたのはいつだったか覚えていない、
けれども、強く印象に残ったためか、話の筋は覚えている。
ペストが蔓延する時代にその病原菌を運ぶネズミを
どうやって村から追い出そうか思案していた村長のところに
笛吹き男がやってきて、こう提案する。
「わたしがネズミたちを連れて行ってあげましょう。
代わりに…をください」
と、
代わりに何を求めたのかは忘れたが、
村長にとってはとても大きなものだったのだろう。
笛吹き男がネズミを連れ去ったところで村長は居直り、
「おまえにはやらん」と言ってしまった。
そして、笛吹き男は約束を破った代償として
村から子ども達の全員をも連れ去ってしまった、
という話だ。…たしか。
この話は何を言いたいのだろうか。
笛吹き男の言は「労には報いてください」
村長は「かけがえのないものがある」
そして、子どもが連れ去られ
「約束を守らなければいけません」
しかし、どれもしっくりこない。
なぜ笛がネズミも子どもも連れ去ってしまうのだろうか。
とか、そんなことも気になるが、
問題は、子どもたち全員がいなくなる意味だ。
約束の代償にしては重すぎるというわけではない。
子どもたちは連れ去られた後、どうしたのだろうか。
これを宮沢賢治の童話
「グスコーブドリの伝記」に見ることができる。
ブドリは攫われたのち「てぐす工場」に勤めることになる。
さらわれた子どもたちは、おそらく
工場で働かされたのだろう。
ひ弱な女の子は、ネリのように
男を喜ばせる職に就かされたのだろう。
物語であるため、推測でしか語りえないが、
おそらくこうだと想像できる。
なぜか。それは今でも同じだからである。
「ペスト」も「ネズミ」も「村長」も「笛吹き男」も、
すべて置き換えられる記号でもある。
それでも、ただの記号だというわけではない、
という断り書きも述べておこう。
ペストは「貧困」でも「不利な経済状況」でもかまわない。
その場合、ネズミは「富者」であり、「政治家」であるだろう。
村長はいわば「家族を導くもの」、「ひとを守るもの」だとしよう。
笛吹き男は「社長」や「暴力団」にでもしておこう。
無理難題を衝きつけ、破られることを承知で、問題を解決する。
ネズミと笛吹き男は仲間であり、村長はまんまとだまされる。
絵空事だ、とあなたは語るかもしれない。
しかし、いまの日本の、世界の現状を見て
笑い飛ばすのは早計だと言いたい。
わたしたちは村長を何とみなすだろうか。
のろまな者と、過去の遺物と評するだろう。
時代錯誤なものを守り続ける、アホウだ、と。
もちろん、村長にも非はある。
笛吹き男(短絡)を求めたのだから。
しかし、それしかなかったからなのだろう。
村長は村民を守るためには、選択するしかなかった。
たとえ、子どもが連れ去られることになるかもしれなくとも。
後戻りできなくなるまで、あと数歩のところまで来ている。
経済の、格差の「二極分化」は止まらず、
カウンターカルチャーは消え失せた。
すべての人が、「ペスト」を知り、
物語を紐解き、先人の言に
耳を貸すのも必要ではないのだろうか。