俺と死神 −失恋の殺し方−
蒸発王

“言葉にはきちんと止めを刺してあげなさい”


俺のじぃちゃんは死神だ
母さんの名付け親だから
血が繋がっているわけではないけど
昔からよく遊んでもらって今も良く遊びに行く
命がかかわること以外はかなりアバウトな性格で
よくハチ公の映画を見て泣いている
早く寝るくせに寝起きが悪い
そんなじぃちゃんだ


この夏俺は初恋をした
一世一代の恋だった
あの人を見ていると意味の無い言葉の行進が頭を廻ったので
ノートに書いてみたら詩というものに成った
気持ちが悪いと自分で思いながら
書く手は止まらず
かといって家に置いておけるものでもなく
じぃちゃんの家に隠した


過去形ってあたりから見え見えだと思うけど
結果は玉砕
哀しいと言うより身体の何処かに穴があいた気分だった
泣いた覚えは無いのに身体中から涙の匂いはした
ぽっかり空いた穴から涙が出たらもう負けだと思って
しばらく部屋に閉じこもってどうしたら穴が塞がるか考えた

そして
まずはあのノートを捨てようと思って
じぃちゃんの押し入れの天井裏に張りつけたノートを引っ張り出した
30Pの薄いノートがやけに重たく感じられる
その一枚一枚をビリビリに破こうと力を入れた
なのに紙はやぶけない
消しゴムで消そうとしても同じだった


とほうに暮れていると
じぃちゃんが帰ってきた
俺の持っているノートを見ると

“言葉にはきちんと止めを刺してあげなさい”

と笑って
俺に空のオイル缶とマッチを用意させた
じぃちゃんは持ってきた新聞紙に火をつけて
オイル缶に投げこみ一丁前の焔を作った
少し時間がかかったけど
俺はノートを焔の中に投げ込んだ
ノートの一枚一枚が焔に煽られると
ページとページの間から俺の書いた文字が
ぱりぱりと音を立てて舞い上がった
        繋ぐ  
       開ける  
         ヲ放て     
    恋を     種
     今二も     
  眠らズ    酔イウツツ
あああああああああああああああああ
焼け焦げる言葉達の断末魔が聞こえる

言葉に心がこもると魂が産まれてしまう
そういう言葉は生きている
彼らを殺すのであれば生半可ではいけない
焚き上げて天上に還さなければ
因果は自分にも帰ってきてしまう

じぃちゃんは火かき棒でつつきながら
そんな事をぼやいた
言葉を殺す
俺なりにショックな出来事だった



後日談をすると
ショックはこれだけじゃなかった
隠し通していたと思っていた俺の詩作ノートが
実は母さんにも読まれていた
しかも誤字を指摘されてしまった最悪だ
盗んだバイクで走り出したい気分だ
とりあえず
しばらくは恥ずかしくて家に帰れたものでもないので
じぃちゃんの家に転がり込んでいる
新学期までには家に帰れると良いと思う

じぃちゃんはというと
こりずにまた書いた俺の詩のファンになって

“言葉にはきちんと止めを刺してあげなさい”
と時々言ってくる

そして俺は
こんな死神のじぃちゃんが
かなり好きだったりする








自由詩 俺と死神 −失恋の殺し方− Copyright 蒸発王 2006-02-19 21:01:30
notebook Home
この文書は以下の文書グループに登録されています。
死神と私(完結)