いつも見ない夕焼けを見た
黒田康之

いつも見ない夕焼けを見た
空が朱色に
本当に久しぶりに染まった日に
昔は明るい笑い皺ばかりのおばあちゃんが住んでいた
もう荒れ果ててしまった家の壁にもたれた紅梅が
ポン
ポン
ププ
といくつかの花を広げた
含み笑いみたいだ
笑い皺のおばあちゃんはいつの間にか死んでしまって
あとにはもう誰も住んでいない
夕焼けは口笛を吹きながら
僕の服と妻の頬を
それはそれは見事な赤に
それはそれは素敵な血潮の色に
染め上げている
昔々
あいさつをしても
ポン
ポン
ププ
と笑いながら
曲がった腰をもっともっと曲げて
子どもの僕にお辞儀したおばあちゃんの
あの長い長い生涯と
笑い皺で埋まった顔と
それからの時間のすべてを
僕はこの夕日の色と
妻の横顔に認めながら
笑うしかなかった
人の死を笑って
こんなに明るくてほのぼのとしたのは本当に初めてだ
おばあちゃんはもういないけれど
真っ赤な梅が少しだけ夕焼けの中で咲いていた
ただそれだけの夕方だった


自由詩 いつも見ない夕焼けを見た Copyright 黒田康之 2006-02-16 17:17:47
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