死神と私 −回転木馬−
蒸発王

“回転木馬は月夜が本番ですよ”
目の前をスキップしながら語る死神の後を
私は諦め半分で歩いていました


夏の果実は真っ赤に熟しているというのに
少し遅めのマリッジ・ブルーが私を襲っていました


結婚したばかりの彼と仲が悪いわけでは無いのです
けれども何か確かな物が足りなくて
結局夏の初めに
空々しく家事を終えると
用も無いのに名付け親の死神の所に転がり込み
そのまま過ごしていました



死神は最初何も言わなかったのですが
今日の夕暮れ
いきなり遊園地に行こうと言い出しました
子供時代も満足に連れていってくれなかった遊園地です
今更何の用だろうと怪訝な顔をしていると
死神は得意げに


“回転木馬は月夜が本番ですよ”

とのたまったのです



群雲に隠れた月は真夏に相応しく真っ赤に色づいていました
緑の間から生臭い夏の夜気が産まれ
その夜気が雲をおしのけて夜空に届こうとしています
首筋に膨れ上がった夏の息使いを感じて顔を上げると

ハチミツ色に輝く遊園地の光が見えてきました

遠くで光る観覧車の窓が
もう白鳥座を同化を果たして幸せそうに回っています
死神はまっすぐに回転木馬に向かいました
金色に輝く円盤に象牙色の木馬が走っています
恥ずかしがる私を
死神は無理矢理にも木馬に乗せると
木馬が回り出しました

オルガンの旋律の中
真っ赤な月を浴びて木馬は走り続けます

一周目  金色に回転木馬が光ります


ふと隣りを見ると
小さな男の子が私と同じように木馬に乗っています
笑いかけられたので大人の自分が恥ずかしくなって
目の前にある金ぴかの手すりに目をそらすと

私も
少女に戻っていました


二周目  金色に回転木馬が光ります


膝にかかったキュロットがセーラー服に変わりました
隣りの男の子も中学生くらいに成長しています
私は右手にチョコレイトを持っていたけど
男の子には渡せませんでした


三周目  金色に回転木馬が光ります

右手にチョコレイトはありませんでした
代りに隣りの青年が白い包みのマシュマロを投げてきました
やっと眼鏡をかけた瞳と視線が合います
震えた唇でその人の名前を呟こうと
息を呑んだ時


金色の光の渦が私の意識を奪いました


回転木馬が唸りをあげて止まります
フェンス越しに立ってる死神が
“月夜の回転木馬には『運命の人』が乗っているのですよ”
“会えましたか?”
と呼びかける声が聞こえました


文句を言ってやろうとフェンスの外を見ると
死神の後に見覚えのある顔が私を見ています
そう
先刻まで隣りの木馬に乗っていた
彼が
夫が
立ちすくんでいました




“回転木馬は月夜が本番ですよ”

という死神の冷やかしも無視して
私は彼のもとに走っていきました







自由詩 死神と私 −回転木馬− Copyright 蒸発王 2006-02-14 10:59:27
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死神と私(完結)