きみたちへのメッセージ
佐野権太

***** 妻へ

ねぇきみ
文金高島田と南京玉すだれは語呂は似てるけど
全然ちがうんだ
お色直しで再登場する新婦が
「さては なんきんたますだれっ!」
ってやったら会場は大騒ぎになるはずなんだ

ねぇきみ
たくさんの鳥がいっせいに飛び立つと
大慌てで1、2、3、4・・・って数えきろうとするけど
どんなに頑張っても無理なんだ

ねぇきみ
「いったい何があるんですか?」って
銀行のキャッシュディスペンサーの行列に並んでも
何もいいことはないんだ

ねぇきみ
僕が芸能人の名前を度忘れしたとき
「野口・・・」
「ひでよ?」
って同じ苗字の歴史上の人物を言うのはやめてくれないか?
よけいわからなくなるから

ねぇきみ
僕があくびをしたり、伸びをしたりするとき
口に手をいれたり、脇をつついたりして邪魔するのは
やめてくれないか?

ねぇきみ
サイボーグ007じゃなくて009なんだ
ジェームスボンドは出てこないんだ

ねぇきみ
ファミリーレストランで昼食をするとき
餃子とビールを真っ先に注文するのは
2人のときだけにしてくれないか?

ねぇきみ
「ここの露天風呂って冷たくて入れなかったよ」
っていくら酔っ払っていても僕には
池と露天風呂の違いくらい見分けられる自信があるんだ
コイが泳いでいる時点で疑ってみるべきなんだ

ねぇきみ
「和田アキ子が骨折したよ!」
って誇らしげにメールくれても
僕の仕事にそんな情報は
まったく必要ないんだ

ねぇきみ
「ティッシュとってぇ〜」と
目一杯手を伸ばして届かないことを訴える君より
ぼくの方がはるかに遠いんだ
その少し前に
こっそり体をずらしていることは
すっかりお見通しなんだ

ねぇきみ
冷蔵庫を開ける僕をいつも後ろから覗き込んで
「あっ!それダメ!」
って忠告をかかさないくらいの熱心さがあるなら
賞味期限が切れたことに気づいた時点で
処分するくらい簡単なことだと思うんだ

ねぇきみ
子供が後ろ前も裏表も完璧に逆さまに服を着るのは
いいかげん
「確率の問題ね」とばかり言ってられないと思うんだ

ねぇきみ
でっかい夕陽を二人で眺めているとき
「“ぶらり途中下車の旅”のナレーションって
“ドクロべぇ”の声だね」
ってつぶやいた君は
いったい何を考えていたんだい

ねぇきみ
僕も知らない昔のグループサウンズのメンバーとか
友達の子供の誕生日とかは確実に覚えているのに
昨日僕があれほど言ったことをすっかり忘れてるなんて
いったいきみの記憶力はどうなっちゃってるんだい

ねぇきみ
「ガーデニングに目覚めた」
って2週間くらい前に言ってたけど
今はもうフラワーポットに花なんてひとつも咲いてなくて
ほらっ、立派なキノコが生えてる
いつからキノコ栽培に切り替えたんだい

ねぇきみ
セールスの電話がかかってくると
「ママはいなくてわかりません」
ってどんなにカワイイ声を出しても
そろそろ限界だと思うんだ

ねぇきみ
僕がお茶を飲んでいきなりムセたとき
真顔で「大丈夫?肺に空気が入っちゃった?」って
僕はツッコミたくて、苦しくて
それでもツッコミのタイミングを逃したくない焦りで
よけい咳き込んでいたんだ

ねぇきみ
帰宅途中の僕に買物を頼むとき
ペットボトル大とか重たくても
たいがい頑張って運ぶけれども
いくら便利だからって「anan」とか「便秘薬」とか
およそ男性が必要としない買物を安易に頼むのは
勘弁してほしいんだ
あと「ネギ」とかも恥ずかしいから願い下げなんだ

ねぇきみ
ゴキブリを見つけたとき、最初は
「お願い、やっつけてぇ〜」って
か弱い声を出すクセに
いざスリッパを手にしたとたん僕を押しのけて
狂ったようにゴキブリを打ちのめす姿は
頼もしいけど
少しゴキブリに同情したくなるんだ

ねぇきみ
そんなきみが
玄関のドアのカギ穴に貼りついた蛾が恐くて
家に入れなくて
物陰から小石を一時間も投げつけていた人と
同一人物だなんて、とても信じられないんだ

ねぇきみ
体を横に向けて、両手を上げる
阿波踊りみたいな寝相がとても可笑しかったから
僕はこっそりシャッターを押したんだ
そしたらこのあいだ
お義父さんがまったく同じポーズで寝ていたよ
生命の神秘だね

ねぇきみ
今日お弁当を食べながらしみじみ思ったんだ
朝の君は僕なんかよりずっと忙しいんだなぁってこと
だから構わないよ
僕の弁当箱が
アンパンマンだって、キティちゃんだって

ねぇきみ
タクシーを降りるとき料金をぴったり払って
「おつりはいりません」
って言うのやめにしないか
メーターがあがるたびに小銭を探すきみをみてると
目的地が近づくほど胸がドキドキしてしまうんだ

ねぇきみ
その表紙に「木曜日」と書かれたノートには
いったい何が書かれているんだい?
すごく気になるんだ

ねぇきみ
年甲斐もなく穴の開いたジーパンやトレーナーを着るのは
この季節、もうよしたほうがいいと思うんだ
普通に貧乏に見えるから

ねぇきみ
スーパーでビニール袋を
躊躇なくグルグル引き出している君を見ていると
なんだかとても淋しくなるんだ

ねぇきみ
子供に挟まれて
絵本を読んで寝かしつけてる端っこで
「みえなーい」
って口を尖らせても
どうしようもないんだ






***** 娘たちへ

ねぇきみ
「せなかはどうしてあるの?」って
パパはそんな高度な質問に答えられないんだ

ねぇきみ
「キリンはな〜んて鳴くの?」
「カンガルーはな〜んて鳴くの?」って
矢継ぎ早に質問されても
パパにだって分からないことは山ほどあるんだ
「ロバはぼぇ〜って鳴くんだよ」
って妹に教えるきみを見て
きみの予備軍が着々と育成されていることに
パパはおびえているんだ

ねぇきみ
いつもウサギの役になって
昼寝もせずにとっととゴールしてしまうのは
ズルいと思うんだ
カメ役のパパはちっとも面白くないんだ

ねぇきみ
「王子様になーれ!」って
突然魔法をかけられても
パパはどうリアクションしたらいいかわからないんだ

ねぇきみ
パパが月の中にウサギの絵を描いている途中で
「わかった!クレータでしょ!星のカケラがぶつかったんだよねっ!」
って
書きかけたこの手は
いったいどうすりゃいいんだ

ねぇきみ
法事の厳粛な雰囲気のなかで
親戚の太った人にかけよって
「もう少しやせた方がいいよ」
って声を殺して忠告するのは
いくら小声でも失礼なんだ
そのあと、後頭部がザビエル化してしまった親戚を
じーっと見つめるきみを
もう、絶対ひざの上から下ろさないと誓ったんだ
神妙な顔で「あの人、なんで髪の毛ぬいちゃったの?」
って聞かれたとき
僕は自分の対応が正しかったと確信したんだ

ねぇきみ
「水を飲まないと倒れちゃうんでしょ!」って
そんなに水をがぶ飲みしなくても大丈夫なんだ
「あるある大辞典」の話を
いちいち真に受けていると大変なことになるんだ

ねぇきみ
動物みたいに口だけで食べようとするけど
「手で食べちゃダメ!」っていうのは
そういうことじゃないんだ

ねぇきみ
スーパーでパックされた魚をつついて回るのは
やめてくれないか
パパだってつつきたいけど
随分我慢してるんだ

ねぇきみ
パパがフラフープに何度挑戦しても
半回転くらいで落ちてしまうのを大笑いするけど
きみの右手右足、左手左足を
同時にあげるスキップのほうが大笑いなんだ
っていうかそんな奇妙な踊りを
こっそり再現してみようとしたけど
どうしてもうまくできないんだ
今度パパに教えてくれないか?






***** 家族へ

ねぇきみたち
「ブレーメンの音楽隊ごっこする人この指とまれっ!」って
とっても楽しそうだけど
どうせロバ役のパパは
3人も支えられる自信がなくて
指にとまるのをためらっているんだ

ねぇきみたち
電気もテレビもつけっぱなしの部屋で
爆睡するのはやめてほしいんだ
思い思いの場所で洋服を着たまま倒れていたら
何かとんでもない事件が起きたのかとびっくりするじゃないか
思わず、きみたちの体の周りが
白いチョークで縁取られてないか確認してしまう気持ち
わかるかい

ねぇきみたち
ぞろぞろ追いかけながら
3人同時に今日の出来事を報告されても
全然わからないんだ
それに、トイレのドアごしにしゃべられると
とっても落ち着かないんだ

ねぇきみたち
へー ふーん ほぉー
・・・あのね、今日ね・・・って
全然聞いてないんだなぁ
パパだって報告したいんだ

ねぇきみたち
誰が先でもいいじゃないか
段ボールのソリも公園の築山も
どこにも逃げはしないんだ
誰も譲らず3人で乗ったって
ほら動かない

ねぇきみたち
川の字に並べた布団で
パパがよく万力に挟まれる夢をみるのは
いつのまにか
ハムスターみたいに集合してしまう習性が
原因だと思うんだ

ねぇきみたち
寒い朝、布団の中からアレコレとパパを動かすのは
女の本能かい?
どんなに可愛く甘えたって
どれもこれも理由になっちゃいないんだ

ねぇきみたち
こんなベットで寝てみたいって
TVの天蓋付きのベットをうっとり眺めた目を
そのままパパにスライドさせたって
世の中どうにもならないことはたくさんあるんだ


ねぇ
そんな君たちが愛しいんだ
そんな君たちが僕には必要なんだ


未詩・独白 きみたちへのメッセージ Copyright 佐野権太 2006-02-08 12:12:33
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