死神と私 −夜の腕−
蒸発王

“夜に抱きしめられてはいけませんよ”
というのは
死神の口癖です


死神は
私の名付け親です

両親を無くした今
一緒にくらしています
命にかかわる問題以外は
かなりアバウトな性格です
よく忠犬ハチ公の映画を見て
大泣きしています
仕事をしてるのか
サボってるのか分かりません
きまぐれに
私も仕事場に連れていってくれますが
もしかすると
その時以外はハチ公を見て泣いているのかもしれません


そんな死神は夜が好きです
昼間はだるそうにしています
でも
真夜中になる前に寝てしまうのです
狭い四畳半一間
死神が寝るから電気を消せと言われれば
宿題があろうがテレビがあろうが電気は消えます
文句を言うと
夜に抱きしめられてはいけないからだと言い

私を夜の公園に連れてきました

空気の冷たさが青い粒になって
中で止まっているかのような群青夜の中で
何人ものホームレスのくるまった毛布が
蒼く光っていました
彼らは
寒さと蒼さで眠れないようです
死神は其の中の一山を指差すと
“夜の腕はとても長いのですよ”
と言いました
良く見ると人の背ほどある
細長い腕が
彼らの上を交差しています


夜は産まれつき長い腕だから
誰かを抱きしめたくて仕方が無い
一度抱きしめたなら離さないし
何人抱きしめても
腕の長さが余るから
何人でも抱きしめようとする


言葉を聞きながら
夜の腕を見ていると
二本の腕はホームレスの一山を柔らかく抱きしめ
次の瞬間彼らは逝ってしまいました


“寂しいからだね”


死神は夜のことを言ったのでしょうけど
死神の声音のほうがずっと寂しそうでした
少し可愛そうになって
腕にしがみつくと
死神はけろりとした顔で
先刻死んだホームレスの人魂で御手玉をしています


そして
自慢げに言うのです


“夜に抱きしめられてはいけませんよ”

















自由詩 死神と私 −夜の腕− Copyright 蒸発王 2006-02-01 18:43:21
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死神と私(完結)