正三角形
石畑由紀子

らんららん 出張中の男の洗濯をしようと乙女心を持参しアパートへ向かったら
まさに今 女にまたがろうとしている男と遭遇
鍵をかけていても私は合鍵を持っているのだから男の防衛策意味なし
セコムしてないセキュリティーの甘さを憎む 嗚呼 これが噂にきいていた男というもの
思わず手から滑り落ちた乙女心がフローリングの床でグシャッと割れて
散らばった下着をそそくさと集めていた女がその音にビクッと反応
感度良し 私よりも良く鳴く恐れあり 間一髪で足を運ばせた洗濯物の山に感謝
おかえり、と男は場違いな挨拶を発信してきたので私はそれを着信拒否
だってそれは明日の私の台詞 私の台詞
男と私と女 点と点と点は線で結ばれ美しい正三角形が出来上がる
一辺でも長さが変わって形が崩れたら私も崩れて何かをしでかしてしまいそう
という空気を知ってか男と女も微動だにせず内点を見つめている
やましいことがあるからママの目を見ないんでしょ、と幼い私が脳裏でしかられている
今やっとあの日のおしおきが役にたったよママ
まだ何もしていない、と男が言う
まだ何もされていない、と女が言う
男と女の物差しの目盛りは一致している様子 なるほど利害関係の一致ほど都合のいい色情はない
と思ったものの割れた私の乙女心はそんな納得のしかたを許すはずもなく
そもそもどこまでが「しない」でどこからが「した」なのか
そのあたりが調停での争点になりそうです裁判長
割れた乙女心はだらりとフローリングを這い出し私のつま先を濡らす もはや修復不可能
しかしその中身はまるで白身が黒く光る腐った卵のようでした
らんららん 乙女心は出張中の男の洗濯をしたかったのではなく
出張中の男の洗濯をする私を肴に酔いどれたかったのであって
らんららん 乙女心は男を誰よりも愛しいと感じていたのではなく
男を誰よりも愛しいと感じている私を美容液にして潤いキープしたかったのであって
らんららん 乙女心は男が女にまたがっていたから滑り落ちたのではなく
男が女にまたがっていることでつまりは私の面目丸つぶれ
なんてことに今気づいてしまった 気づいてしまった
まだ何もしていないと言う男
まだ何もされていないと言う女
何をしでかすか分からない私もつまりはまだ何もしでかしてはおらず
悪い人は誰ですか 裏切られた人は誰ですか
加害者・被害者不定のまま
美しい正三角形は依然保たれている








自由詩 正三角形 Copyright 石畑由紀子 2004-01-29 01:59:22
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