クリスマス後の世界
カワグチタケシ

都バスの中から見ている
外はみぞれまじりの雨(とても寒い)
信号で止まるたびにエンストしている
86番のバスは日本橋三越行き
いつも右側の席
東京タワーがよく見えるから
その輪郭はあまりに明瞭すぎて
まるで巨大なホログラム
またエンスト
神谷町駅前

この路線で僕が帰宅する時と同じ時に多分
出勤していくお姉さん達はみんな
一の橋で乗って銀座八丁目で降りるその
香水のにおいで気分が悪くなっていつもは
三丁目まで行くのに六丁目で降りるバス停で
冷たい雨
久しぶり水分をたっぷり含んだ空気を思い切り吸い込み
気管や肺についた香料を洗い流そうとしても
気分はもとには戻らない
冬の間だけでも部屋に水仙がないと
と思って花屋に寄ってみる 水仙は売っていない
閉めきった部屋にいても別に息苦しくはないのに
そんなクリスマス後の世界を歩いていく

また別の冬の夜
新橋駅前から銀座一丁目まで
銀座通りかその一本か二本裏通り
みんなにはチャイナドレスやネオンサインや仲間たち
――でもその内いったい何人が月の満ち欠けを気にしてる?
僕はいつもひとり、君のゴーストと歩く
衝突の瞬間
その作用と反作用を
何度も頭の中でシミュレートしながら
何度も何度も
そして、君のゴーストと対話しながら

泣いている人やそれをなだめる恋人や
立ち止まって笑ってる人たちや手相見の行列に
いちいち気を散らしながら歩いていくのはどうだい
ギャラリーのお姉さんヒロヤマガタには興味ないよ
書店キャンペーンて何?関係ないよ

君がいた時間を思い出す
君が腕組んでいいかなって言うから
雨の中 冬の雨 坂道 目白通り
シェリーを2杯 ワインを1本 

少し小高くなったあたりに立って
額に手をかざし目を細めて
君は一心に空を見つめていた
太陽はすでに沈んでいたけれど
その名残りが
稜線をすみれ色に染めていた
Blow the mind in the wind
そして風が君の体温を奪っていった

フリージア フリージア
2月の風は甘い匂いがするって
それが君と僕との間の唯一のコンセンサスだったのかもしれない

結局のところなにひとつ分かりあえなかったって訳じゃないし
僕等はみな愛された記憶だけに生かされてるばかりでもないし

ただその時俺の中で何かが石になった
俺は単なる断片の集積になってしまった
それに気付いたのはずっと後のことだった

死者は反論しないというが
それは多分、うそだ
現に君は(厳密に言えば君の記憶は)
いつだって僕に選択をうながしている

クリスマス後の荒涼とした世界を歩きながら

彼女は自分でピアスの穴を開けて
耳たぶを化膿させてしまった
彼女は自分で前髪を切って
仲間達に幼くなったと言われた

若い恋人達がこの世界を生き抜いていくためには
クリスマス後に出会うこと以外に道はないのだろうか

いつか君の家を訪ねた時
君の姉さんは靴下をはいていなかったね
春になれば必ず君に会いに行くからそれまで
聖ヨハネやフェニックス君達によろしく伝えてよ
僕はしばらくここで休んでいくよ


「世界中には何十億という生者がいるといいます
 しかし死者の数はその何千倍にものぼります
 生者の数が減ることがあっても
 死者の数は決して減ることがない
 我々はその事実を厳粛に受け止めなくてはなりません」


自由詩 クリスマス後の世界 Copyright カワグチタケシ 2006-01-29 22:32:23
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