林檎を見ています
ふるる

林檎を見ています。

一つの瑞々しさをはらんだ林檎、それは歌います。
その歌は軽快なリズムでもって林檎の命、林檎がかつて実っていた木、沢山の仲間たち、
花であった時代、訪れた虫たち、そのきらめく羽音、触れられるくすぐったさ、太陽の金色のシャワー、月の銀の雫、雨が優しいリズムを教え、風は気まぐれに過ぎていって・・・
そういったものを歌い上げます。
声は小さく、か細いけれど澄んでいて・・・・。
雨が降っているのに、遠くまで見通せるような。


林檎を見ています。

一つの難しくない書物としての林檎、それは演じます。
舞台はテーブルの上で、照明は小さな電灯、林檎は紅の衣を着て。
小さな国の小さなお姫様、お姫様は外で遊ぶのが大好き。ある日一匹の蝶がお姫様の髪にとまって。蝶は言います、「あっちにはもっと面白いものが沢山ありますよ」蝶が指し示す方は、白い霧で覆われた森。お姫様である林檎は大げさな身振りで応えます「でも、あっちには行ってはいけないと言われているの」「そうですか。ではさようなら。」蝶は残念そうにため息をついて、飛んでいってしまいます。お姫様はしばらくまよっていましたが、やがて決心すると、白く霞んで見える森へと入って行ってしまいます。
随分待ってもお姫様は戻ってこないので、このお話は終わりのようです。
白い森に入っていく紅色のお姫様は、砂に埋まってゆく小さな宝石のように、かわいらしく、愛しかったのですが。


林檎を見ています。

一つの光を内蔵した林檎、それは描かれます。
林檎の内面である黄色、白に近い黄色が画面いっぱいに塗りたくられ。林檎を覆う紅色は転々とまるで血痕のように散らばっています。画面の真ん中にはナイフが。切られた林檎はどうなるのでしょうか。冷たくなってしまうのでしょうか。美しい人の唇に、舌に、乗せられ、暖められると良いのですが。
その絵画は非常に巨大なので、誰もその全貌を見ることができません。
空高く飛ぶカモメ、それだけがこの絵画を見ることができるのですが・・・・。
興味はないようです。


林檎を見ています。

一つの記憶としての林檎、それは書かれます。

「声」

ある日
誰かに呼ばれ
振り向くと
林檎があった

初めてキスした日に
雨が降っていて

かすかに呼ぶ声が・・・



林檎を見ています。



散文(批評随筆小説等) 林檎を見ています Copyright ふるる 2006-01-17 23:42:39
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