かすがい
佐野権太

(またぁ〜?
鼻声でぼやきながらも
まだ真っ白いきみは
名を呼ばれれば起き上がる

腹筋に力をこめて身構える僕と
わずか三行で寝付いた妹の間を
髪を揺らしながら
へこまし、へこまし
泣きじょうごの布団に滑り込む

僕は
読みかけの絵本を静かに閉じて
ナイトランプに手を伸ばす
相変わらず耳を塞いだまま

こっそり起きだして
いつもの丸椅子に腰掛け
ためこんだ塊を溶かしては
換気扇に流し込んでいると
冷たい床をひたひたと
忍び足のシルエット

(ごめんね、ママよっぱらっちゃたからさ
どこで覚えたのか
目を細め、いたわるように
何度もうなずく仕草
(いいよ、わかってる

つい、このあいだまで
水色のサンダルを
ぷぅぷぅ鳴らしていたのにな
いっぱい考えさせちゃったな
こんな小さい頭で

耐えかねて
(髪、長くなったな
なんて出鱈目を繰り出せば
きみは黄熱球の瞳で
(うん、パパ、ながいほうがすきでしょ?
なんて柔らかい風を紡ぎだす

その愛しさに
そっと手のひらをのせ
僅かな意思を伝えると
何もかも分かっているかのように
きみは瞳をとじ
吸い込まれるように
胸のなかへ

そのあまりの軽さに
僕は、僕は


自由詩 かすがい Copyright 佐野権太 2006-01-12 16:04:59
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