門出
服部 剛
朝早く
風呂場にしゃがみ頭を洗っていると
電気に照らされたタイルに小さい光の人形が現れ
こちらへ手を差し出した
思わず光の手を握ると
タイルの裏側へするりと右腕は吸い込まれ
「平凡な毎日」
とは別の世界へ行けそうな気がした
が
右腕だけがタイルの下に埋まったまま
残った体はくい止められて
なかなか入れない
振り返ると
親父と母ちゃんと姉ちゃんと婆ちゃんと
何人かのかけがえなき友が
僕の体がタイルの裏側へ吸い込まれぬよう
僕の透明な首輪に結ばれた光の糸を
皆で握って
歯を喰いしばり
引っぱっていた
( その背後には
( 僕が生まれる前に亡くなった祖父が
( うっすらと仏の顔で目を細め
するり
腕はタイルから抜けて
知らぬ間に落としていた
お湯が出たままのシャワーを拾い
頭に泡立っていたシャンプーを
昨日の重い悩みと一緒に洗い流す
久しぶりに畳の部屋の仏壇の前に立つ
マッチでお線香に火を灯す
白黒の祖父の遺影をみつめる
鐘を鳴らす
手を合わせる
( 暗闇に 炎の獅子 舞い始める
いつもと変わらない玄関のドアを開け
昇る朝日を少し見上げ
門を出て行く