猛暑帯広より拝啓マリリン
石畑由紀子

アメリカ人はみんな金髪なんだと思ってた
マリリン・モンローがそうであったように
売れたいがために染めたのだと知ったのは映画を何本か観た後だった
TVじゃ相変わらずデイブ・スペクターがからかわれてる、面白くもない
同じことじゃないの、と鼻で笑って冷蔵庫に麦茶をとりにいく

空きっ腹のビールと同じく
真夏のうだる暑さの中で飲む冷えた麦茶はサイコ−だ、喉を滑り落ちてゆく涼感が心地よい
あっ今食道を通過中、胃に向かう途中で消息を絶ちました
ケネディjr. からの連絡が大西洋沖で途絶えた時
誰もが一家にかかる呪いを信じて疑わなかっただろう
その悲劇の発端
あなたのお父様の誕生日に彼女は祝福の歌をうたった、そのほんの数ヶ月後
下着姿のマリリン
冷蔵庫で冷やされていただろうそのランジェリー一枚で
受話器を握りしめたまま自らもまた冷たくなっていたマリリン
ラインの向こうには誰がいたんだろう、誰に
いて欲しかったんだろう

飽和した麦茶のグラス 水滴がだらしなく流れてテーブルを円状に濡らしてゆく
そこには何の音もなく
私の受話器もここ2・3日無言のまま
物干し竿を売る軽トラのオヤジの声だけがやかましく近所を回り続ける

それにしても今日はなんて暑い日なんだ、何度シャワーを浴びても首のまわりが汗でじっとり
こんな季節に合う着心地のいい綿のワンピースが欲しいって何年も何年も思いながら
未だお目当てのものに巡り合えない
シルクのスリップ・ワンピース一枚で米兵慰問のステージに現れたマリリン
あの日の気温はマイナス0℃だった
誰が破廉恥だって? 誰が非道徳だって?
鳥肌を立てながらも震えることはなかった彼女をプロと呼ばずして何と呼ぶ?
どんな上等な生地をとりよせても
彼女のように微笑むことなど 私には到底出来るはずもない

妹は金髪に近いオークル色に髪を染めてこの夏を過ごしている
日本人には黒髪が一番似合うのよ、とたしなめる母はもう半分が白髪になっていて
それを隠すために茶色に染めているのだった
おかしな親子 笑う私はカット以外に何ひとつ手をつけたことのない一見黒髪だが
陽に透かすと見事に赤茶けている、母親譲りの
生まれつきなのだ

アメリカ人はみんな金髪で
日本人には黒髪が似合う 本当のようで頼りない思い込みの定義
マリリン 最愛の大リーガーが墓参りに訪れなくなって久しい、彼もまた
参られる側になってしまったのだ
マリリン その偽りの髪の色も名前も全ては葬られた(はずなのに)
もうシンボルの名の元 アメリカの思い込みに耳を貸さなくたっていい、魂よ永遠に
ノーマ・ジーンにお帰り



ところで私はまだ生きてやるべきことやりたいことが山ほどある、まずは
冷たい麦茶をもう一杯






自由詩 猛暑帯広より拝啓マリリン Copyright 石畑由紀子 2004-01-22 01:20:34
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