冬木立
umineko

それはまだ僕が
生きることは正しいことと
信じていた頃のお話

彼女が
言いにくそうに僕に言う
あのね
いろんな人が
見えたりするんだ

ここにいない人

あんまりね
意識を澄ませると
見えちゃうからぼんやりしてる

夜勤の時、さ
廊下に
座ってるの
みんな

私の知らない
顔ばかりだから
たぶん
ずっと前から
そこにいるとは思うんだけどさ

私は
つまずかないように
忍び足で歩くんだ

それとさ、
山下クンの
背中にね
おばあちゃんがいるの

へ?
それは彼に言ったの?

ううん
でも
彼って実家お寺でしょ?
今度帰ったら
そこでうまく
帰れるんじゃないかなって

ふうん

彼女の身体は
とても自然な暖かさで

僕の背中には
誰かいるのかなあ

彼女は
じっと僕を
いや
僕の向こうをじっとみつめて

たぶん
いないと思うよ
うん
いない

「振り払ったりしない人に
 霊は惹かれるの」

そこで
彼女は口をつぐむ

振り払ったりしない人、か…

彼女が
行方をくらませるのは
もう少しだけ
あとの出来事

人はなぜ
世界に未練を残すのだろう

彼女は言った
死を受け入れるのはコワイからね
どうして?って
思ってたら
たぶん駄目なんだと思う

だぶん
僕らはどんな時代も
ぽつんと
ひどく孤独で

それを紛らわせるために
抱き合ったり
迷い込んだりするんだろう

時々
彼女を思い出す
彼女のやわらかさを思い出す

世界は
波のように孤独で
重く湿った空気の影に
誰かが
うずくまっている

今なら
ごめんねって言えるのだろう

一番
孤独だったのは 君
 
 





自由詩 冬木立 Copyright umineko 2005-12-27 06:15:10
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