世界の別名
岡部淳太郎

おまえがほんとうのことを口走る度に
鳥の翼から羽毛がぬけ落ちる
世界はやせ細り 目に見えるものすべてが
絵に描かれたものとして溶けてゆく
たとえば可哀相な妹が
人に知られぬ速度で後退する時
おまえは知らないということのために
傷口をこじ開ける
そのようにして世界は
いつもと変わらぬものとして眠っている

  これがおまえの世界である限り
  世界は決して滅ぶことはない

田舎道の 夜の暗い曲り角では
消えかけた街灯が最後の弱い光で自らを
暖め 足下を照らしながら
可哀相な人の到来を待っている
決して訪れることのない幸運
そのまどろみのような瞬間のために
ただひとりで立ちつくしている
いっぽうのおまえは日常のまどろみ
新たにやってくる古い朝のために
疲れた肉体を微笑みながら 枕の下に埋める

  これがおまえの世界である限り
  世界は決して暮れることはない

秋の枯葉が落ちる時
世界も同時に落ちるだろうか
いや そんなことはあるまい
世界はきっとおまえの中で
ここにいるひとりの 別の土地にいるひとりの
それぞれのひとりの中で
変らずに 大きな根を生やしたままだろう
ある者にとって世界はガ行の濁音で発音され
別のある者にとってはラ行の清音で発音され
そのようにして世界は無数の別名を持っている

  これがおまえの世界である限り
  世界は決して秘密を明かすことはない

それぞれの世界がそれぞれのひとりに向けて
自らの名を告げる
そのかすかなずれの 断層の中で
ぬけ落ちた羽毛を掃き集めて溝の中に捨ててゆく
可哀相な妹は人に知られないまま
最後の息を白く染めていた
あなたはただひとつの世界だった
私がただひとつの
変りようのない世界であるのと
同じく



(二〇〇五年十一〜十二月)


自由詩 世界の別名 Copyright 岡部淳太郎 2005-12-19 22:45:56
notebook Home 戻る