帰郷
山内緋呂子

彼の生家へ行った

仏壇のある部屋に通された
彼の寝ていた部屋だ
私の寝ていた部屋には 通されなかった

彼の母の母に 手を合わせる
「最近髪がよく抜けます」と報告
彼の母が
「疲れただろうから少し寝なさい」と言う
彼はこの天井を見て寝ていた
私は寝られるだろうか
天井に「ごめんなさい」と言った


夕食の買い物に行く
家の近くの橋
昔通ったのは夏で
川なのに水がなく
草が生えて 大きな石があった
そこが気に入って撮った写真は
空が青くて
いつも暑い

彼の母が
こないだ事件があったので あの橋は通らないで行きましょう
と言う
私はある俳優のドラマもCMも映画も見られない
彼に似ていて
「40代ならこんな感じになっている」とたいてい泣く
全部やめたくなる

だからここに来たのに

見られないものが
         1つ 増えた




失敗の少ない野菜スープをつくる

サイコロに切ったかぼちゃは ダイエー前
星型のにんじんは 「次来たら泊まろう」と言っていた古い旅館前
アスパラガスは ポイントが2つしか貯まっていない古本屋前

明日 古本屋へ行こう
好きな本と本の間に
ラミネートフィルムを挟んでこよう
少しはキラキラする

誰も

何の得もしない



帰りの新幹線で
「僕はもうだめだ」と言ってみた
大嫌いな太宰治と
大好きなデザイナーみたいだ

駅の改札まで見送ってくれた母に
「長生きしてください」
と言うのを 控えてよかった

全く無意味な願いで
ただ本人が
長生きしたいかしたくないかを
願うだけだ


未詩・独白 帰郷 Copyright 山内緋呂子 2004-01-19 17:04:48
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