センドウ先生の内緒話(ろんぐばーじょん)
北乃ゆき

わたしの町においしゃさまは一人しかいなかった
そのたった一人のおいしゃさまのセンドウ先生は
竹山さんちのかなちゃんの頭病みも
白田さんちのとおるくんの腹痛も
お寺のとなりのサダおばさんの腫れ物も
川向こうのダイスケさんの虫歯も
あっという間に治したそうで
「あの先生は名医だ」と裏のおばちゃんはいつも言って
それを聞いた隣のタキさんも
「あの先生は名医だ」と言って
それを聞いた母さんも
「あの先生は名医だ」と言った

じゅうにさいのある日
下腹部に鈍痛を感じたわたしは
「おなかがいたい」と母さんにいった
母さんは「センドウ先生に診てもらいなさい」とさらり言った
診療所の待合室はとてもしずかでいつもいるはずの
センドウ先生の奥さんも
めがねの看護婦さんも
他の患者さんもいなかった
待合室で5分も経たないうちにひょろ長いセンドウ先生がドアを開け
「こっちにおいで」と手招き
診察室は待合室よりもっとしずかで
わたしはセンドウ先生に
「おなかがいたいの」
と先生の耳元でささやいた
「どのへんが」
しきゅうのあたりをさして
「このへんが」

「いつからだい」
「きのうから」
「あのねせんせい」
こそりこそりないしょばなし
「きのうからねぱんつがきたなくなっちゃうの」
「パンツがかい」
「びょうきかな」
「赤茶色に汚れるんだろう」
「そう」

ぎょろりぎょろりセンドウ先生の目が動く

「むねを診せてごらん」
白いシャツをまくってみせる
センドウ先生の聴診器がほんのり薄紅乳首にさわる
「もうすこし診せてごらん」
シャツをまくる
「シャツは脱いだ方がいいな」
シャツを脱ぐ
「ちょっと触って診察するよ」
センドウ先生の固くて冷たい手が乳首にさわる
「せんせい」
「どうした」
「つめたく」
「・・・」
「かんじる」
ごくりごくりセンドウ先生の喉がなる
センドウ先生の掌が胸に押し付けられる
ぐるぐるむねの肉がまわる
ああそうだ先々月あたりからむねのあたりがふくふくしてたんだ
まわるぐるぐるまわるまわる
「せんせいいたいよ」
「いいんだよ」

「せんせいおなかを診てよ」
「じゃあよごれたパンツをみせてごらん」
スカートをまくる
白いパンツと股の間にはさんだ
赤茶に染みたちり紙がおちる
パンツをさげると赤いわたしの血液が
ぽたり
「せんせい、びょうきかな」
「どれ診てあげよう」
冷たい指先がわたしの股のなかにぎゅっとはいる
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
「せんせいいたいよ」
「じゃあちょっと横になってみなさい」
黒い診察ベッドに横たわる
こんどは生暖かいものが股のなかでずぐんずぐん
うぅううぐぐ痛い痛いうぐぐぐ
イタイイタイイタイぐぐぐぐ痛い痛い痛いイタイ
赤と白が混じりピンク色にぬれて
「せんせいいたいよ」
「注射よりいたくないよ」

じゅうにさいのある日
診察室はしずか
とてもしずか


わたしの町においしゃさまは一人しかいなかった
そのたった一人のおいしゃさまの
センドウ先生は
竹山さんちのかなちゃんの頭病みも
白田さんちのとおるくんの腹痛も
お寺のとなりのサダおばさんの腫れ物も
川向こうのダイスケさんの虫歯も
あっという間に治したそうで
「あの先生は名医だ」と裏のおばちゃんはいつも言って
それを聞いた隣のタキさんも
「あの先生は名医だ」と言って
それを聞いた母さんも
「あの先生は名医だ」と言った


何がおきたかわからずに1年
わかって3年
更に3年
センドウ先生との内緒話を母に教えたのだけれど
よく伝わらなくて
それっきり


仙頭医院は3階建ての病院になっていた


自由詩 センドウ先生の内緒話(ろんぐばーじょん) Copyright 北乃ゆき 2005-12-14 02:20:21
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