罪のない子供たちの歌
岡部淳太郎

何故 君はいってしまうのか
大人たちよりも ずっと ずっと先に
危ないよ
あんまり先を急ぎすぎると
石ころだか何だかわからないものにつまずいて
転んでしまうよ
危ないよ

とん とん と
靴で地面を蹴って
君は飛び上がろうとしていたね
空に
あの大きな夕焼けの向こうに

道路はいったいどこまでつづいているの?
大人はみんなはじめから大人だったの?

ありあまる疑問と好奇心を抱えて
君はだれかれ構わず訊いて回っていたね

どうして空はこんなに青いの?
どうして夜はこんなに暗いの?

そんな根源的なことを訊かれても
君の周りの大人たちは困ってしまうよ
そんな当たり前のことなんか
当の大人たちにだって
ほんとうはよくわかっていないんだ

何故 君はいってしまうのか
大人たちよりも ずっと ずっと先に
大人たちには見えないほうまで
あの曲がり角の先まで
何故 君はいってしまおうとするのか
危ないよ
あんまり先を急ぎすぎると
息が切れて
その息の切れ目を狙って
よくないものが割りこんでくるよ
危ないよ

君は曲がった
そこの角を
その道の向こうへ
君は大人たちの目から見えなくなって

君は消えた
いってしまった
いなくなってしまった

だから 危ないよ って 言ったじゃないか
だから 危ないよ って 言ったじゃないか

どうして空はこんなに大きいの?
どうして夜はこんなに寒いの?

君の無邪気な疑問も質問もみんなまとめて
君といっしょに消えてしまった
もう君の問いに答えてあげることもできない
――どうせ大人たちにとっても
はじめからわからない問題だったのだけれど

とん とん と
地面を蹴って
君は飛び上がってしまったね
空のほうに
あの薄くたなびく赤い夕焼けのほうに

何故 君はいってしまうのか
大人たちよりも ずっと ずっと先に
ほんとうの 先のほうへと

きっと夕焼けの向こうでは大勢の子供たちが
君と同じように早くいってしまった子供たちが
イチゴ味の歯磨き粉で歯を磨いている
ひとりで それぞれにひとりで
みんな歯を磨いている
だって寝る前には歯を磨かないと
お母さんに怒られてしまうだろう
君はお母さんを困らせたくはないだろう
だからこうやって一所懸命に
歯を磨いている
イチゴの味で
君の中から流された血
君の中を流れていた血
その色を思い出している
夕焼けの
ほんとうの ほんとうの 先のほうで
君はそうやっていつまでも歯を磨いている

何故 君はいってしまったのか
大人たちよりも ずっと ずっと先に
ほんとうの 先のほうへと
あんまり晩くなってしまったから
もう 君を迎えにいくことも出来ない
あんまり遠くなってしまったから
もう 君の姿を見ることも出来ない
曲がり角の夕焼けの向こうで
君が待つ時間はあまりにも長いから
大人たちは
君がいないことの大きな問題に
胸を煩わせなければならないんだ

どうして夜はこんなに暗いの?
どうして夜はこんなに寒いの?
どうして夜はこんなに長くつづくの?



(二〇〇五年十二月)


自由詩 罪のない子供たちの歌 Copyright 岡部淳太郎 2005-12-06 22:17:29
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