首吊り族の死に方とその歌
岡部淳太郎

死期が近づくと
彼等は自ら首を吊って死ぬ
夜に 孤独な木を探してその枝に
縄を垂らして果てる
南の大地は熱い
吊られた身体は素早く腐る

自分ひとりで首を吊れない者は笑われる
ましてや病魔が徹底的に彼を打ちのめすまで頑なに
首を吊ろうとせずに負けて死ぬ者は軽蔑される
首吊り以外の死に方は忌まれる
末代までの恥とされる
与えられた生に責任を持つ
それは死を自ら選択することであるとされる
だからひとり首を吊って死ぬ者は
残された者たちから勇気ある者として称賛される

吊られた身体はある一定期間そのままの状態で残される
呪われた準備期間が過ぎると
残された者たちはおもむろに動き出す
遺体を吊るされた状態から解放し
頭部だけが切り離されて埋められる
その他の部分は地表に横たえて
人びとの視線から自由にされる
南の大地は熱い
重たい空気の中で腐敗は加速する

吊られた身体を一定期間そのままに保つのは
故人が生きていた時に蓄えていた生活の毒をぬくためである
毒ぬきが済み
無垢な死へぎりぎりまで近づいた身体
だが人の知恵の源である頭部だけは死してなお生きている
知恵は最後まで残り
脳の中でいつまでもざわめいている
人が人である証し
万物の霊長である理由を担う頭部
それのみを切り離して大地の奥深く埋める
これは人の知恵によって大地にも知恵をつけてもらうためである

知恵は土の中で大地に栄養を与えているが
知恵から切り離された残りの部分はどうなるか
もちろん放り捨てられて腐るに任せるが
その臭気でさえも人びとの生活にある彩りを与える
野の獣が肉をついばむだろう
虫や微生物が死を全体に還元するために群らがるだろう
そうして遺体の肉が完全に取り去られた時
人びとはおもむろに動き出す
完遂した死のもとに赴きその骨を持ち帰る
骨は綺麗に洗われ 彼等の生活の道具へと加工される
生活で汚れた身体だから
生活のために奉仕させるのがふさわしい

彼等が首吊りという死に方を選ぶ理由
そのすべては人の知恵から来ている
知恵こそは
精神よりも 肉体よりも 大切にしなければならぬ宇宙の財産
彼等は何よりも知恵の純潔を願った
首を吊って死んだならば
首より下にたまった生活の毒が
知恵の源である頭部にまでまわることが出来なくなる
少なくとも頭部の毒の含有量は
死ぬ直前の薄さで保たれることになる
首吊り以外の死に方ではこのような栄光は得られない
だから彼等は首を吊る
知恵を大地に還すことこそが
自らを育んだ大地への最大の感謝になることを信じて

彼等の住む地の下には
いくつもの切り離された頭が眠っている
頭たちはいつまでも大地に知恵を供給しつづけている
自ら死を選んだ幸福な霊
彼等は土の中でうたう
喉ではなく思念を使って
切断面の縄の痕を気にすることなく知恵のある歌をうたう
その旋律は大地の中心部まで届く
そしていつの日か人の知恵を蓄えて
大地は自らうたい始める
南の大地は熱い
人びとはおもむろに動き出し
名誉ある孤独の死を選ぶ




自由詩 首吊り族の死に方とその歌 Copyright 岡部淳太郎 2005-12-04 00:56:54
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