ノート(春の蛇)
木立 悟



荒地に倒れた鉄塔に
花と葉と鱗に覆われた子が棲んでいた
やまない雨のなか
たったひとりで
ひとりの赤子を生んだあと
風の向こうへと去っていった


雨が近い午後の下
倒れた鉄塔のまわりにひろがる原で
少女はひとり舞っていた
少女の頭上の
見えない花の冠に
見えない蛇が腰かけていた


蛇はささやく
今日は遠い
原の向こうに去ってゆく
少女はささやく
明日は近い
すぐそばにいて私を見ている


蛇は言った
故郷がどこか私は知らない
生まれた朝を私は知らない
ある日気付いたらここに居たから
少女は言った
故郷なんて要らない
父も母も知らない
ある日気付いたらひとりだったから


蛇はつぶやく
死ぬときはここに
この原にもどってくる気がする
少女はつぶやく
そのときは私も
そばにいるような気がする


蛇はうたう
雨がくる!
少女はうたう
雨はこない!


交わされる笑みと舞
季節の合い間の
まばたきの永遠
その日 風は見つめていた
ひとりの世界が生んだ子を
花と葉と鱗の魂の子を
くりかえし蛇と出会う子を
見つめていた





自由詩 ノート(春の蛇) Copyright 木立 悟 2004-01-16 21:25:05
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連輪の蛇