シリウス
蒸発王
シリウスが綺麗になったから
息子と一緒に
夜の海へ出かけた
星の匂いが鼻をつく
息子の手には
骨董レベルの携帯が握られていて
それは
息子の母親の持ち物だった
折り畳みじゃない
のっぺりとした形が
最近『オレ』と言い始めた
8歳の息子の好みだったらしく
気がつくと何時も持っている
そういえば
息子が生まれる前
よく妻とこうして星を見に来た
寒がりのくせに
いっとう好きな星は
シリウスで
8光年かかって
眼球に飛び込む周波音を
静かに味わっていた
8年前
2人で見た時
出発したあの周波音が
今
息子と私の目に入り込む
ふいに
あの携帯が鳴った
妻が死んで
とうの昔に解約した携帯
電話もメールも来るはず無い
いたずらかと思い
出るな と
小さく叫んだ
――* ―――**――― ―*―**
どこかで聴いた
着信音
でも
妻の携帯の着信に
こんな旋律は無い
キレイな歌だね と
息子が言った
ああ
そうだ
此れは
子守唄だ
まだ息子が腹の中に居た時
妻が歌っていた子守唄
大きな腹を撫でながら
風呂上り
上機嫌の妻が
ずしり と水気を湛えた
長い黒髪を吹きながら
鼻歌で歌っていた
編物に失敗して
いびつな形の
小さい靴下をほどきながら
歌っていた
陣痛に顔を歪めて
救急車がくるのを待っていた時も
歌っていた
息子のための
母親の子守唄
―**――*―* * *―−*−−―*
着信メロディはしばらく鳴って
ふつ と
止まった
いつのまにか
私は泣いていて
暗闇だから
息子に気取られなかったが
止まらなかった
オレあの歌きいたことあったかなぁ と
首をかしげる息子の頭をくしゃりと撫でて
2人で
シリウスを見上げた