アヌビスの胎児
The Boys On The Rock

いつからだろう
その存在に気づいたのは?
私の中に巣食う胎児
人知れず老いの速度で嵩を増し
禍禍しい誕生の日を待っている
(それは私の終焉の日でもある)
蓮を被った哀れな子供
血まみれの下半身
生まれなかった弟
黄泉津醜男
蒼ざめた分身
である彼の頬には
私と同じ靨(えくぼ)が刻まれている
(近親憎悪は即ち自家撞着)
胎脂に濡れた皮膚
浮き上がる静脈の運河
佝僂病の背中を丸め
土葬を模して折り畳まれた足を
両棲類のもろ手で抱えながら
血の気の失せたまぶたを
腑分けした蛙の心臓のように痙攣させる
孤独死した老人の
閉じるために存在するまなこは
私の存命中は決して開かれることはないのだ
(それは冥界の条理でもある)
日々老いを重ねる私
愛児の健やかな成長を遂げる胎児
路地裏の堕胎専門の無資格医院にて
超音波診断器の画面の中
死に水を求めて ぱくぱくと
嬰色の羊水を吸い込むさまは
フライング気味の致死への欲求
時おり 水掻きの残る足が私の胃の腑を蹴り上げ
断末摩の痛みに身を捩りながら
私は唇を噛むだろう
よる年波には勝てぬ と
老母の私に愚痴をこぼさせる山犬の胎児は
宿主を黄泉路に拘引する悍ましい出産の日まで
オシリスの眠りを貪り続けている


自由詩 アヌビスの胎児 Copyright The Boys On The Rock 2005-11-13 12:24:43
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