チューリップ刑罰
黒田康之
チューリップの茎切り落とすきみひとり満たしきれない刑罰として
明日から黄色い花のカップにはお日様だけをそそぐと決めた
春の日と呼んでみたけど私の影はきみの影よりずっと寂しい
長すぎるきみの背後の影のように過ぎたるものは沈めてしまえ
あの部屋の広い窓から切り取った空の写真で埋められた街
唐突な深夜二時過ぎ メレンゲは青白い肌のとおりに色づいてくる
この犬を抱き上げたいと請うきみの泣きそうな顔 素晴らしい脚
駅からは何回かKISS 川沿いの外灯の闇何回かKISS
ふくよかなきみの乳房を見る時はTVの中に夕映えがある
立ち止まることはできない人波が流れるままに今日は帰るよ
最終の電車の中は追い越したコンクリート群の風が吹き込む
背の高い女の足が伸び上がり洗ったばかりのジーンズを干す
空は青 あの日のきみはこの空へ伸び上がっていく赤いセーター
きみが作るマドレーヌには香の強いラム酒が徐々に滲み込んでゆく
団地では大きな罅が埋められてその向こうからまた陽が昇る
すずらんは有毒の花落ちてゆくスプーンは途上でちりりと鳴った
ベランダで吐き出す紫煙のその先に隣家の女の下着が揺れる
街路樹は無風を知らせる肉体の温度と同じ陽だまりの道
痛ましく焦げているのが鯖なのでどきどきとして水二杯飲む
ヴォッカにも似た透明な水を飲むと脳にそのまま沈む太陽
氷河には青い目をした少女などをうずめたのだよ カーテンも青
木の床はきしきしという真っ白なきみの小指はいつも短い
ブルゴーニュの安ワイン開ければ血の匂いして明かりを灯す
愛などという言葉もなくて薄笑いを浮かべたままで買った指輪さ
居酒屋の看板が消えこの街は黒い時間に傾いてゆく
砂粒を見つめる女の身体の緑陰の色ポプラの匂い
パッションフルーツを切り分けて小さな部屋に広がる受難
テーブルに零れるビーズは次々にひかりの小人に拾われてゆく
あたたかな象牙色した背中には陰ひとつない やかんが鳴った
きみの靴下と私の靴下は渦巻いたままの形で眠る
さっくりと白身魚を小麦粉に圧す いま私が割れてしまった
あの朝は街がきこきこと鳴るようで古い自転車に乗りたくなった
サニーレタスは冷蔵庫の中でなぜかいつも少しだけ湿ったままだ
愛玩動物は野辺に死んでいるコボレルコボレルコボレル苦しい
百円のキャベツを探しあてた時のあなたのように私は笑む
どこまでも透明であるポスターを貼り付けたままの墓所のある街
ラピスラズリの猫の指輪がどうなってもいい昼間に光る
新しい電子レンジを買いに行き泣き出してしまうきみという女
肉じゃがの糸こんにゃくが長すぎる謀略という夕餉だろうか
雨も降る劣情もあるこんな夜はきみの下着を干すに限るさ
甘くないケーキを売っている店がいつの間にやら移転していた
電気屋に部屋の電灯を買いに行き大きな箱を抱えて帰る
大学の学生である若者らが飲むチューハイを私も飲む
アルフォンス・ミュシャのポスターを壁に貼りフローリングのキッチンに寝る
落花する すうっと公園の黄色いボート いつもの波紋
真昼間に踵の高い靴を履き鉄の階段をきみは踏み降りる
どうということなどないが私の目にきみの目の入れ墨をする
テーブルも暦も捨ててカーテンの色だけになる 荷造りをする
灰皿に煙草六本驟雨あって茶色い夜がずんずん滲みる
あの時と同じシャツだとふと気づくパン屋の隅で朝日を浴びて