小詩集「書置き」(八十一〜九十)
たもつ

夜の更ける頃
君の身体から
今までに聞いたことの無いような
音が聞こえてきた
安らかに君は君の中で
溺れているのかもしれなかった

+

縄跳びの回数を
数え間違えて
少女はずっと
八回を跳び続けている
こっそりと開いた扉の向こうでは
誰かが春の欠伸をしている

+

犬とはぐれて
首輪が転がっている
トビウオの胸ビレを集めすぎて
子供はもう失うことを覚えている
何故だろう
夕方になると
夕日の話ばかりしてしまうのは
音も無く今
指紋がうそをついた

+

電話ボックスの中で
きみはどうして良いのかわからない
電話ボックスにいるのだから
電話をすれば良いのかもしれないが
電話をするべき相手もいないし
電話をしたい相手もいない
知らないところにとんでもない
間違い電話をかけてしまった感じがする
何かを確かめようにも
その電話ボックスには電話が無いので
きみはただいることしかできない

+

朝、棚の上で
人形が倒れていた
昨晩小さな地震があった
ふと目が覚めて
気にも留めなかったが
人形が倒れるには
それで充分だった
家の者が起きてくる前に
もとにもどしておくと
地震のことには
誰も触れなかった

+

いとこが辞書のように
眠っている
言葉などいらない
とあんなに言っていたのに
辞書のように
いつまでも疲れていた

+

削除キーの裏側には
ジャムが塗られていた
いちごのジャムだった
ジャムの中には
僕らの家があった
家の窓は外に向かって
開け放たれていた
家の外には
いちごを煮る匂いの
風が吹いていた
それがいったい何であるのか
のような雲が空にはあって
二人が何度いなくなっても
ずっとこのままで良かった

+

メニューにあった自分の
名前を注文する
似ても似つかない
ハンバーグが出てくる
隣の席では
近所のオランダ人が凄い剣幕で
ウェイターに何かまくし立ててる
オランダの言葉はわからないが
多分彼も泣きたいのだ

+

友達がランドセルを背負っていた頃
僕だけが甲羅を背負っていた
ランドセルからは教科書やノートが出てきたが
甲羅には手足を引っ込めることしかできない
いっそのこと亀だったら良かったのに
そう言うと親友は
亀はみんなそう言うんだよ
と笑った

+

テーブルの上には
きれいに揃えられた
一足のスリッパと
家族に宛てた白い封筒
また父が
飛び降りたのだ





自由詩 小詩集「書置き」(八十一〜九十) Copyright たもつ 2005-10-23 08:32:51
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